フリー・チベットと中国について思う事

今日はめっきり秋の気配が漂う鎌倉。昨日までの暑さがウソのようで、満月が見れないのは残念だけど、空気が落ち着いて、思考も今までの夏の盛り上がりとは違う回路に入って動き出す感じ。「夏も良いけど、秋もいいね〜」と一日中、うっとりしていました。フジロック&温泉旅行から帰って来てからは、毎日のように友達がやってきて、民宿テラを拠点に夏の海を満喫しています。今年は夏野菜と果物を存分に楽しみ、そのおかげで夏バテ知らずで、テラも裸ん坊で走り回っています。私は一つ歳をとり、サーフィンを始め、この上なく真っ黒に日焼けしました。日本の美しい自然、そして心平穏にこうしていられることに感謝です。

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今日は「フリー・チベット」のことについて書きたいと思う。今年3月にチベット自治区でおきた中国への抗議活動の後、日本でも「フリー・チベット」の動きが盛り上がったし、近しい友達が何人も声高に叫んでいたのだけれど、一緒になってデモに参加する気にはなれなかった。もちろん中国共産党がいまだにおこなっている人権侵害に腹立たしさを感じ、苦しめられているチベット人に対して祈りを捧げたりした。一人一人の声は小さくてもそれが集まれば日本政府に対しての圧力にもなるし、それが中国政府の体質を変えることにつながることも分かっている。

なのに「フリー・チベット」の動きに乗れなかった理由はいくつかあって、一つにはこの問題に対して、そこまで詳しく知らなかったというのはあるのだけれど、それから「デモ」という何かに反対するというネガティブな行動より、行動するんだったらもっと建設的なことをしたいと思ったということもある。それから個人的に私には心を許している中国人の友達が3人いて、みんなロンドンで一緒に環境学を勉強した仲間なのだけれど、それぞれ志を強く持ち、持続可能で平和な中国に向けて活動している人たちで信頼しているので、頭ごなしに「中国出て行け!」とは叫べなかった。この友達3人(ビル、シューフェー、スンウェイー)は中国の知識人でまともな考えの持ち主だと思っているので、今回のことについてもメールで問い合わせてみた。するとこんな意見が…

・チベットは中国の一部であることは動かしがたい現実。歴史的にも、中国はチベットに対して柔和な政策をとっているのは明らか。
・チベットの生活水準はあがっている。人権問題も少しずつ改善されている。学校ではチベット語も教えられ、西欧で見られるような同化政策は一切ない。
・北京オリンピックを潰すためにこの話題を持ち出すのは筋違い!一部の人たちの暴動に気をとられる事なく、オリンピックを楽しみましょう!(中国人は北京五輪の開催を本当に誇りに思っている。「中国が国際舞台に認められた!」という歴史的モーメントをとても大切にしている感じ)

…と案の定、強い口調で3人とも中国擁護。国際社会の常識とはまるっきり正反対の世論が、中国では一般的なようです。何よりこの「認識の差」に愕然とした。

少し前に「雪の下の炎」というチベット僧ドキュメンタリー抜粋上映会+講演会に行った。この映画は今年アメリカで初上映された作品で、NYに住む大学時代からの親友が3年がかりで制作したもので(ウェブサイトはこちら)、アメリカでは静かなブームを呼んでいるらしい。(アメリカのABCニュースに取り上げられた記事はこちら。)

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ドキュメンタリーの主人公は、パルデン・ギャツオというチベット僧。33年もの間、中国に捉えられ、ありとあらゆる拷問を受けてなお、非暴力を通してチベットの自由を訴えている。彼の証言は壮絶なもので、ドキュメンタリーは淡々と彼の力強い言葉をつなぎ合わせている。このドキュメンタリーを見たら、中国人の友達たちはどう思うのかしら?と思わずにはいられない。半生を地獄で生活したとは思えないほど、人なつっこく愛くるしい笑顔に感動する。

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ドキュメンタリーは中国側の意見なんて聞いてなくて、政治的というより、1人の男の半生を通じて「孤独に打ち勝ち、自分の信念を貫き通す精神の尊さ」を描き出す意図があるものだからそれで良いのだけれど、とにかくNYで1人で頑張って来た友人が粘り強く作品に仕上げたということを、ただただ誇りに思う。

あぁー思いつくまま書いていて、なんだか全然まとまりがなくなってしまったのだけれど、一番問題なのは、中国国内で情報が検閲されていること(wikipediaだって見れない、海外メディアの報道はシャットアウトといった現状)、中国内部でチベットに対して強行な姿勢が大半を占めていることだと思う。デモに参加するよりも、例えば中国で活動するメディア開放を目指す草の根的なNPOを支援するとか、そういう活動のほうが建設的なのかな、と思います。

色々な人にすすめられて読んだ、正木高志さんの「空飛ぶブッダ」に書いてあったこと。

地球はひとつになろうとしている。それが現代史の底流をなしているトレンドだ。局面的には国家主義や原理主義などスイングバックもあるけれど、物質文明から地球環境文明へシフトしてゆく大枠の歴史トレンドは変わらない。
江戸時代末期、日本は多くの国々に分かれていた。国にはそれぞれ国王がいて、国境を越えるにはパスポートが要った。それぞれの国は政治・経済・社会・文化のあらゆる方面に難題をかかえて苦慮していたが、解決の方途はまったく見えず、軍事的には、すべての国々が欧米による脅威にさらされていた。それが明治維新で「ひとつの日本」になったとき、鎖国時代の瑣末な問題は一気に解消し、欧米による植民地支配も免れたのだった。
今日の世界の状況もそれに良く似ているように思われる。
重大な課題は国家単位では対処しきれないことばかりだ。現代社会を死に至らしめる「戦争と環境問題」という病は、国際的な協力というより、人類が地球意識に立つのでなければ、解決のビジョンは見えてこない。言い方を変えるなら、市民の多数がナショナリズムから脱皮して地球市民意識にめざめたら、問題は解消するのだ。どういう経路をたどるにせよ、近い将来、世界はひとつになってゆく。だけどこの世界が、どうやって、現実に、ほんとうに、ひとつになれるというのか?

そんなふうに僕たちが疑うのは、江戸時代も同じだった。(中略)ところが現実は、維新から10年もたたないうちに、逆に99.9%の人々が日本人と信じて疑わなくなっている。このことからぼくは二つのことを学んだ。一つは「信じられないことが起きるかもしれない」ということ。もう一つは「信じられないことが起きる事を、人は信じることができない」という心の法則だ。これを学んだら、悲観しなくてよくなる。歴史には誰も予測できないようなことが起きる!

では「ひとつの地球」は、いつどんなふうにして、実現するだろう?
ぼくは、それがまさにいま、九条問題をきっかけに、この日本から生まれようとしているのだと思う。

ジョン・レノンの”imagine there’s no country” という歌のように、国という概念をなくして、1つの地球、1つの地球市民村をみんなが想像したら、どうだろう?チベット人もウィグル人も中国人もロシア人もグルジア人も違いを認め合いながら、お互いの領土や資源や財産を譲り合って、平和に暮らせたらどうだろう?8月15日、終戦記念日。お盆でイエローパパの実家に戻り、お墓参りをして、彼のおじいさんやお父さんがヒロシマで被爆したことを知った。そういう歴史を背負って、私たち世代が1つの大きな地球市民村を思い描いて行動していくーもうそういう時に来ていると改めて思った。(全然まとまりなくて、ごめんなさい。最後まで読んでくれてありがとう)