水は誰のものか?

今日、NHKスペシャルで、ウォーター・クライシス 水は誰のものか?「第一回 狙われる水道水」という番組をやっていた。来週閉め切りのレポートに着手しなくちゃならないのに、この手の番組をやっていると、ついつい見てしまう。

番組は、フィリピン、アメリカ、イギリスの現状を取材し、巨大なグローバル企業が水を商品として扱うことによって水道水が値上がりし、多くの人に水が行き渡らないようになってきている問題を取り上げていた。以前から「石油の戦争」の次は、「水の戦争」が来ると聞いていて、どういうことなのか興味があったけれど、「あー、やっぱり、肥大化した企業が利益を求めることの弊害がここにも出てるんだな」と納得した。

いま世界で起きているさまざまな問題、そして将来にも起きると予測されているさまざまな問題の多くの原因は、利潤追求型の企業活動、とりわけグローバリゼーションにある。グローバリゼーションとは、(良い側面もあるけれど、この文脈では)経済発展を遂げた者に、世界的権力がさらに集中していくシステムのこと。環境問題、食糧問題、大量生産・消費の問題 …. そして、また水の問題。すべては、(グローバル/多国籍)企業が地球環境や人権を顧みず、富を貪ることによっておこってしまう。

例えば番組のフィリピンの例。フィリピンでは、8年前、世界銀行の貸し付けを受けて国内の財閥とフランスのグローバル企業との合弁会社が誕生し、「世界最大の民営化」が行なわれ、水事業を取り持つ事になった。民営化によって水道網は整備されたが、新会社は水道料金を大幅に値上げ。料金を払えなくなる住民も多くなり、貧しい人ほど水を手に入れるのが困難になった。それなのに、新会社へ出張に来るフランスの技術者には、一番低いレベルでも6万円の日当が支払われていたと言う。新会社は結局、「利益が出ない」として水事業から撤退。水事業は公共に戻ったが、水の値段は以前の2倍以上になってしまった。同じような例は世界各地でおこっており、ボリビアでは死者が出る程の暴動に発展している。水は、人の命にかかせない。なのに今、世界中で11億人(実に6人に一人)が水不足で困っている。

水は会社の商品じゃなくて、人間の権利だ。「水が自分たちでコントロール出来なくなるというのは、命の危機なんです。」と話していたのは、カルフォルニアのフォルトンという街に住む、フランクさん。フォルトンでは先頃、「水は企業のものなのか?それとも住民のものなのか?」の住民投票が行なわれ、一度企業に買収された水事業を、もう一度公共化することが決まった。住民1人当たり年6万円の税金を30年間支払い続けて権利を買い戻さなくてはならない。それでも、命に不可欠な飲料水をどこか遠くの企業の人たちにコントロールされたくない、という住民の判断だ。

民営化と言えば、日本では郵政民営化。小泉さんの言うように政府のスリム化は魅力的だ。でも公共性の高い事業を経済論理にのせて果たして大丈夫なのだろうか?という不安もある。レーガンやサッチャーの時代に「小さな政府」が推進され、今では政府よりも企業が絶大なパワーで世界のルールを決定するようになってしまった。ウェールズでは、水事業は企業でも行政でもなく、なんとNPOが運営している。公営でも民営でもない、新しい水サービスの在り方だ。

ウォータークライシス、第二回の明日は、食糧の生産に使われる水の現状「かれはてる大地」だそうです。明日は多分、仕事の帰りが遅くて見れないので、見た方は、ぜひ内容を教えて下さい。お願いします。

もっとお勉強したい人は:
儲からなければサービスは無し
誰のための世界水フォーラムか?