軍隊のない平和な国を実現させた 中米の国、コスタリカ

IMG_19391.jpg

日本の安保法案関連のニュースをネット上で見るにつけ、いろいろ腑に落ちないことだらけで、コスタリカでのほほ〜んと、それこそ「平和」に暮らしているけれど、たまには「平和って何だろう?」とまじめに考えてみた。コスタリカは「軍隊のない平和な国」として知られ、私もそんなフレーズになんとなーく魅かれて、移住した一人。でも実際の所って、普通に生活しいてるだけではよく分からない。今回、日本に一時帰国中、「平和」カンレンのお仕事も頂いたりしていることもあり、久しぶりに勉強しよう、じっくり考えようモードです。

私の疑問に思っていたことは、こんなことだった。


戦争は、もちろん絶対反対!でも、、、 ● 北朝鮮や中国という脅威が身近にある以上、ある程度の防衛力/軍事力を持つのは必要悪(しょうがない)とは言えないのか? ● これまでビッグ・ブラザーのアメリカ君が助けてくれていたけれど、そのバックアップが縮小するとなると、綺麗ゴトも言ってられないのかも、、、今までの日本は「見せかけの平和」を謳歌していただけなのでは?というようなこと、、、

手にとったのは、足立力也さんが6年前に書いた、「丸腰国家 〜軍隊を放棄したコスタリカ60年の平和戦略〜」という本。去年、日本からコスタリカに持ち帰った本で、そのまま読む機会がなかったのだけれど、今回ちょうどいいタイミングで出合えました。

● 「日本は『平和』と聞いて何をイメージするか、という問いに『戦争』と答える。一方、コスタリカでは『人権』『環境』『民主主義』『愛』などと多様なイメージ。日本人は平和に関するイメージが欠如している」 ● 「平和とは『システム』や『社会の状態』ではなくて、『価値観』や『方向性』」 という戦争や軍隊にしばられない幅広い平和の話なども含まれていて、日本に暮らしているみなさんが今、読むと、凝り固まった出口のない議論を飛び越えた視点をたくさん得られるんじゃないかと思います。おすすめです。

私がこの本を読み、そしてコスタリカに住んでいる実体験から今、日本にとって大切に思うことは、二つ。一つは外交力のアップ、そしてもう一つは平和教育の充実です。

1. 外交力のアップ

「日本は北朝鮮と中国という脅威を抱えているから、ある程度の軍事力を持つのは仕方ないのではないか」と思っていた節があった私ですが、コスタリカの歴史を紐解いてみると、そうじゃない路線もある!と確信を持ったんです。

コスタリカも日本と同じ頃、1949年に軍隊が廃止されました。これは平和思想に燃えたリーダーや市民が立ち上がった!という類いのものではなく、たまたま当時のリーダーたちの勢力関係の中で、軍隊を廃止したほうがベターという政策として実行されたようです。そしておよそ70年の間、これを守り抜いて来た訳ですが、コスタリカの道も決して平坦ではなかった、と足立さんの本で知りました。その間、軍事的な危機にさらされたのは、4回。でもその度に、できるだけ早く、うまい具合に外交に持ち込み、結果として軍事に頼るよりも都合のいい結論を導き出せた、という歴史があったんです。「平和は訪れるのではなく、作り続けるもの」なのですね。

コスタリカの位置する中米も、世界のほかの場所と同様、米ソの冷戦構造に巻き込まれて、周辺国は小競り合いや内戦やらに巻き込まれてきた歴史があります。特に、北に位置するニカラグアとは事あるごとに緊張が高まり、1955年には侵略を受けます。そこでコスタリカは、米州機構(南北アメリカの国々の平和と安全保障・紛争の平和解決や加盟諸国の相互躍進をうたう組織)に訴え、支持を獲得。自分の国が攻められたとしても、それをうまく国際舞台の枠組みに委ねることで、被害を最小限に抑え、素早く、有利に解決したわけです。軍事的侵略を、多国籍外交の場に持ち込むことができれば、自国の軍事力にすがる必要もありません。

ただし、これはアメリカという超大国の後ろ盾があったからこそ、とも思われます。でもこんな事例も本では紹介されているんです。

それは1980年代のこと。このころ、中米ではグアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグアなどの国々で戦火が広がり、いわゆる「中米紛争」(東西冷戦の代理戦争)が起きます。特にニカラグアで共産党勢力が革命に成功すると、だまっていられないアメリカは反勢力を組織してゲリラ闘争を開始し、それにコスタリカも巻き込まれます。まさに「隣国の火事」。ニカラグアからは「コスタリカ領内のアメリカ勢力を追い出せ」とプレッシャーがかかるし、逆にアメリカからは「反勢力の基地をコスタリカに作れ」と圧力がかかる。どちらをとっても、ピンチな状態、、、。

そこで当時のモンへ大統領がとった作戦が「どちらにもつかない」ということ。それも「ただ中立を決め込みます」と言うのではなく、1983年、積極的永世非武装中立宣言というのを発表したのです。消極的とは、「敵を作らない」という意味。一方、積極的とは、「味方を増やす」という意味。「コスタリカは、誰かが戦っていた場合はどちらにも味方せず、積極的に平和を働きかけますよ」というある意味、崇高すぎる中立宣言。これをしぶしぶ両国(特にアメリカ)が受け入れたのは、コスタリカが民主主義や自由、人権といったアメリカの価値観を上手に利用してアピールしたり、時のリーダーたちがヨーロッパの主要国をまわって理解を獲得したりしたから。

そして実際、この中立宣言に基づき、実際、1986年、次のアリアス・サンチェス大統領は、「中米和平交渉」を開始し、ニカラグア、エルサルバドル、グアテマラの中米の3つの国々の和平協定を締結。1987年には、ノーベル平和賞を受賞しています。面白いのは、この功績には、ファースト・レディ外交(いわゆるソフトパワーの利用)が一役かったということ。アリアス大統領がオーガナイズした試みで、女性として母として各国夫人をコスタリカに招待し、平和を議論。夫の尻を叩いたことが、紛争当事者を交渉の席に着かせたという経緯があったようです。(ここら辺の歴史は本当に面白い。足立さんの本に詳しく書かれているので、ぜひご一読を!)

むー、しかしなんという外交力と功績。苦肉の策だったとは言え、宣言を発表するタイミング、他国の賛同を得るコミュニケーション方法、対立する双方の要求を推し量り調停するイマジネーション、理想論に委ねてみるポジティブ・パワーなど、日本が見習わなくてはならないことがたくさんあるように思うんです。そしてこういうことをシレーッと言って世界を納得させてしまうのは、やっぱり軍隊を持っていないからこそできる業なんですね。(あぁーこういうことを知ると、コスタリカ、ますます好きになってしまうぅぅ)

日本に話を戻すと、安部首相の言うことも、分からなくはない。中国と朝鮮という脅威が近くに潜んでいるから、いたしかたないと。でももっと外交に頼れないものか?東アジア地域の集団安全保障体制を作れないのか?それこそ日本のリーダーシップを発揮して行なうべき時ではないのか?軍隊がないからこそ、平和が可能なのではないか?防衛力は軍事力だけなのか?ファースト・レディ達のアクションは?

もうここからは素人なので議論にもなりませんが、上記のようにコスタリカの歴史を紐解いてみると、参考にできること、たくさんありそうです。足立さんの本には、こうあります。

「実際に完全かつ永久的な軍事放棄を達成するのは非常に困難な仕事であり、一方的に軍隊を廃止して以降、一朝一夕に平和が訪れたというわけでは決してない。有事のたびに少しずつ経験を積み重ね、徐々に非軍事分野のオプションを増やしていって、最終的には非武装を逆に防衛力として利用するところまでこぎつけたのだ。」

平和は一夜にしてならず。でもピンチはチャンスとも言える。日本で平和を形作って行く道のりは、今やっと始まったばかり、と言えるかもしれません。

2. 平和教育の充実

もっと長期的に平和を考える上で、今の日本に欠けているものと言えば、平和教育があると思うんです。

コスタリカの例を見てみると、1980年に国際平和大学を設立。また一部の小学校では、非暴力コミュニケーション(対立が生じた時にいかに双方の思いをたぐり寄せ平和的解決に持ち込むかの対話手法で、世界中の紛争地でも成果を出している)を学ぶ授業があったりと、「平和=戦争の反対」というだけではなく、常日頃から「どうやって平和を築いて(保持して)行くか」を考える文化、国民の下地がある。

足立さんの本から抜粋すると: コスタリカの教育現場では、まず平和のイメージをつくるところから始める。それは、皆が仲良く暮らすことだったり、山や森、川や海などの自然が豊かであることだったり、何かしらポジティブなものである。平和という言葉と肯定的なイメージを最初に直接つなぎ合わせることで、前に進もうという意欲も生まれる。ところが、平和という言葉に戦争というネガティブなイメージが影のようにつきまとってしまうと、「平和」と聞くだけで思わず戦争のことを想起してしまい、嫌な気分になってしまう。これが、私たちが陥っている罠なのである。

私も子どものヨガクラスで、毎回、"Peace comes from me" (平和は私から始まる)というマントラを教えていますが、平和を「平穏な生活をすること」と自分のこととして捉え、常に意識して暮らすことで、平和な国を作る土台=国民の平和意識というものがしっかりと定着していくんだと思います。

コスタリカでは、「話し合いによる平和」という意識が、日本よりも国民にしっかり浸透している。だからどんな危機にあっても、再軍備とか再武装という話に陥らない。実際、1986年の大統領選では、非武装路線の候補者 vs 米国追随の候補者との一騎打ちで、非武装路線の候補者が勝利しています。米国からの経済援助を打ち切られるという不安もさることながら、軍隊がないことに誇りを持ち、一貫して平和を作り続けているのは、コスタリカ人一人一人とも言えるわけです。

逆に冒頭に書いたように、日本人はコスタリカ人と比較して平和へのイメージが乏しい。民主主義とはどんなことを意味するかの想像力にも欠けている。「だから安保法案改正みたいな話になっちゃうんだよ」「ネガティブ・メッセージのプロテストをにわかにしてみても」というつもりは全くないし、「国民がぼけっとしてたから、しょうがないね」と泣き寝入りした方がいいとも思わない。反対活動もどんどんやるべきだし、なんとしても止めなくてはならないと思う。でも今の状況を鑑みつつ、次のステップにいかなくては、とも思う。もっと長期的視点にたった時に、日本が平和国家であり続けるために何をするべきか、どんな風に世界平和に貢献できるか。そのために外交と教育の必要性を、私は説きたいと思うのです。


というわけで、にわか勉強でツラツラと書いただけの、あさはかな文章で恐縮ですが、今とりあえず私が思うこと。もちろんコスタリカも完璧ではありません。「軍隊はないけど、警察力は強くて、予算は隣国ニカラグアの3倍もあるよ」とか「そうはいっても、集団的自衛権は憲法で認められているよ」などと、いろいろ避難されていることも知っています。でも外交力を存分に発揮している政府、そして自国の平和政策に誇りを持ち、平和を生きる国民。どちらをとっても今、日本がコスタリカから学べることはたくさんあるな、と痛感しています。

そんな事を考えつつ、もうすぐ帰国します。平和に関連する以下のイベントにも参加する予定です。みなさんと色々シェアできたら嬉しいです。いろいろ教えて下さいませ。


「平和学の父」ヨハン・ガルトゥング博士講演ワークショップ(8/21横浜) 日本は今後どう世界の平和に貢献していくべきなのか?講演とワークショップの2時間半のファシリテーターをやらせて頂きます。高校生と大学生は200名無料招待!ぜひ集いましょう。

国際平和映像祭(9/21横浜) 通称ピースデー(9月21日)に開始される、若者を対象にした平和に関するビデオ・コンテストの司会をやらせて頂きます。特に中国や韓国などアジアの学生を無料招待しているのが、いい!若い世代と平和を語るのを楽しみにしています。

どちらも平和な映画の配信や場作りを手がけるユナイテッド・ピープルの関根青龍さんにお誘い頂きました。関根さんは、この春、コスタリカにも遊びに来たんですね。足立さんもコスタリカツアーなるものを、企画されています。ぜひ一人でも多くの人に、軍隊のない平和な国コスタリカに来て欲しい!

でもその前に、、、まずは日本にて。今こそ、平和の父ガンジーのメッセージ"Be the Change you want to see in this world!" を胸に帰国します!