トイレから「水」を考える

毎日、家でなにげなく蛇口をひねり、使用している水。私たちは水がなければ生きていけないし、水は生活のあらゆる場面で必要不可欠な自然資源。家庭で一番水を使用するのって、どんな場面だか知っていますか?食器を洗う時?お風呂に入る時?それとも…..

夏の暑さも一段落し、涼しい秋風の吹き抜ける快適な我が家で在宅ワークに勤しんでいたある日。「こんにちわ〜水道の検針でーす」とやってきたおばさん曰く「お宅、漏水してませんか?今月の水道使用量、普段よりも4倍も多いですよ」えぇ???我が家ではお風呂の水を洗濯に再利用するのはもちろんのこと、庭の草木の水まきも、米のとぎ汁やパスタのゆで汁を利用したりとかなり節水している方だと思うのだけど。。。

「もしかしてトイレの水が、流れっぱなしになっていませんでしたか?」と言われれば、そうだ、思い当たる節がある。夏休み旅行で一週間外出していた時、親戚一家が我が家に遊びに来ていたのだが、トイレの水を流すレバーを下げずに(ちょっとした癖があるのです)水を流しっぱなしにしたまま帰ってしまったんだっけ。「お宅はいつもはだいたい28立方メートルの使用量。平均的な2人暮らしのお宅で30立方メートルだから、まずまずの節水ですね。でも今月は119立方メートル。トイレの水の使用量は、家庭の使用量の中で一番多くて28%を占めてるんですよ」と、おばさん。トイレが一番多く水を使っていたなんて、知らなかった。あぁ〜それにしてももったいないことをした&お財布がイタイ。ちなみに28立方メートルとういのは、お風呂140杯分に相当するそうだ。かなりの節水を心がけているつもりでも、意外と使ってしまっているのだなぁ。

そんなこともあり、水のことを最近良く考えるようになった。世界には飲み水がなくて生き延びることすら困難な人が20億人。家に水道がない人が40億人。先進国では1日1人あたり350〜1000リットルの水を消費しているが、例えばケニアの農村部で暮らす人は1日5リットルしか使っていない。これからの戦争は、石油が原因ではなく水が原因になると言われている。水はこれから最も貴重になる自然の資源。豊かな国に住む私たちがもっと意識して、今よりもさらに水を大切にした生活を営まなければと思った。

「自然資源のうち、いまでは水がいちばん貴重なものとなってきた。自然を育んでくれた母親を忘れ、自分たちが生きてゆくのに何が大切であるかを忘れてしまったこの時代、水も、そのほかの生命の源泉と同じように、私たちの無関心の犠牲になってしまった」ー レイチェル・カーソン「沈黙の春」

もう1つ驚いたことは「一般家庭では、台所もトイレも同じ水がきている」ということ。トイレで使う水も、顔を洗ったりお皿を洗ったりできるぐらい綺麗な水だということ。とてももったいない。雨水を利用するようなシステムを導入することもできるらしいが、借家でそこまでするのは難しい。まずはトイレの水を節水する方策を考えてみるかな。

我が家で起きたトイレの水騒動は「家庭で消費する資源を見なおす」、より具体的なアクションにつながりそうだ。例えば「地球温暖化を防ぐには、2050年までに炭素排出量を今の80%まで削減しなければならない」と言われるけれど(そしてそれは不可能だという見方が強いのだけれど)、80%削減を家庭で実際にできるのか?どんな生活になるのか?に興味が沸いている。「省エネ」とか「節水」とか今までやってきたことを、具体的な数値目標を持ってさらに意欲的に取り組んでみる。電気やガスを今の20%だけ使用して暮らしてみる。そんな生活様式を実験的に試してみたいなぁ〜と思っている今日このごろ。「工夫次第では出来る!」のか「そんなの無理!」なのか ….. さていつスタートしてみようかな?