藤田一照さんをお迎えしての坐禅会報告(2018.8.28)

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8月28日、清澄庭園の涼亭にて、藤田一照(いっしょう)さんをお迎えしての坐禅会(瞑想ワークショップ)をおこないました。深く坐禅に関わっている、理解している、体感している一照さんならではのお話とワークをシェアして下さり、瞑想初心者の方もとても分かりやすく本質を理解できる、有意義な会となりました。

この会は、アナウンスしてほどなくして満員御礼になったほどの人気。さすが一照さん、ですね!日本で坐禅を分かりやすく深くまっすぐに教えて下さる、第一人者ではないでしょうか。まずは私がYES/NOゲームで、アイス・ブレイクした後、

 「瞑想をしていますか?」「瞑想が好きですか?」などの質問で、だいたいの今日の参加者の立ち位置やエネルギーをつかみます。

「瞑想をしていますか?」「瞑想が好きですか?」などの質問で、だいたいの今日の参加者の立ち位置やエネルギーをつかみます。

一照さんが、坐禅の捉え方や心構えについて1時間ほどお話なさいました。小手先のことではなく、まずは心構えというか、考え方の骨格の話で、ここが本当の肝。ざっとまとめると、こんな感じです。

「坐禅と瞑想は違う。まずは、この違いを理解することが大切。坐禅は、sense & allow (感じて、ゆるす)。一方、瞑想は、order & control (指し示して、コントロールする)。坐禅は、洞察型(観)で、瞑想は、集中型(止)。分かりやすくいうと、坐禅の考え方は「背中がのびる」。自然にしていると、背中が勝手にのびる、それが自然のあり方だから、そこに沿うという考え方。一方、瞑想は「背中を伸ばす」。今はない状態を無理やりつくろうとするのが、瞑想。坐禅は、云為(うんい)という考え方で、一方、瞑想は強為(ごうい)という考え方。云為とは、何もしない(undoing, non-doing)という考え方で、つきつめていくと、beingとかpresenceとなる。」

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一照さんの解説をひとまとめにした言葉がこちらっで、曹洞宗の只管打坐(しかんたざ)という考え方です。

ただ我が身も心も

はなちわすれて

仏の家になげいれて

仏の方よりおこなはれて

それにしたがひもてゆくとき

力をも入れず心をもつひやさずして

生死をはなれ仏となる

「身も心も手放すことすら忘れる状態になり(=リラックスする、くつろぐ、スペースを作る)、大自然の働き、仏の道に導かれる時(あくまでも自分からではなく、感じて、ゆるすことでそれがおこる時)、悟りへの道へ行く」という意味。

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「坐禅とは何か」ということに、ものすごく納得した上で、身体で感じていく、身体を整える、いわゆる「調身」に移っていきます。坐禅では、まず「調身」、身を整えることがとても大切なんですね。一通りの解説を終えられたあと、背骨をほぐし、身体の全体の力を抜くための動きを、とてもとても丁寧に、ガイドして下さいました。

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会場の清澄庭園内の「涼亭」も、雰囲気ばつぐんで、集まった方たち(やっぱりこう見ると、若い方が多いなぁー)の満足度も高かったようでした。今後、この教えを日常に役立てていけるかどうかは、それぞれ次第。日本にこれだけの仲間がいる、ちょっと年齢が上の頼れる存在の方も近くにいる。そう思うと、本当に頼もしいし、少しずつでも自分で気軽な気持ちで瞑想を続けていきたい、と思えるわけです。

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このイベントは、オンラインで学べる「瞑想ビギナーコース」というコースの、オープン記念として行なったものです。ぜひ瞑想に関心のある方!リンクをクリックしてみて下さい。そして一照さんが手がけるオンライン禅コミュニティー磨塼寺(ませんじ)のブログ記事もとても分かりやすいので、ぜひ。一照さん、みなさま、学びをつながりを響き合いを、誠にありがとうございました。感謝、合掌。