NVC Family HEART Campに参加して

カルフォルニア、SFから北へ2時間ほどいったレッド・ウッズの森の中で行なわれた、5泊6日のファミリー・ハート・キャンプ(Family HERAT Camp)。去年のカナダのキャンプに引き続き、今年も10歳になる娘や友達家族と参加してきました。

NVC(非暴力コミュニケーション)の意識が企画運営やプログラム内容全体に浸透していて、ほかのキャンプ・イベントとは一線を画したこのイベント。参加者は、総勢30家族、75人、一歳未満の子供からおばぁちゃんになるぐらいの歳の方まで老若男女。アメリカ人が多いけれど、私たち以外にも日本人、メキシコ人、ドイツや中国からの移民なども入り混じり、(近くにシリコンバレーがあるから、裕福な人が多いものの)世界のミニチュア版。とにかく、子供の多いこと!どんな境遇の人も、どんな感情も、開いた心であたたかく今のそれぞれを受け止め、自然の中で寝食をともにしながら暮らし支え合い学び合い、平和を実践するという、心から理想とするような一週間の共同体キャンプ体験でした。

オーガナイザー・チームから初日に提示されたのは、こんな問い。

How do you want to live & learn together?
どうやってともに暮らし、学び合いたいか

ストラクチャーはほとんどなく、この問いを考えながらキャンプを作り出すのは、参加者次第。朝ごはんを済ませるころ、ドラムの音が森の中を鳴り響くのを合図に、みんなが Rumi’s Fieldと呼ばれる広場に集まり大きな輪になります。もちろん、子どもたちもみんな一緒。コミュニティーの集会の始まりです。歌や体を動かすゲームから始まり、コミュニティーの大切な決まりごと(一日目:Safety 安全、二日目:Trust 信頼、三日目:Respect 尊重、四日目:Connection )の話し合いが始まります。

例えば、一日目の安全。「◯歳の子どもたちは、ここから先へは立ち入り禁止」というような上から目線の画一的なルールは一切なく、NVCの理念で大切にされている「選択の自由」や「自主性」や「自己責任」を重んじ、それぞれの家族で、親と子どもたちが安全のルールを話し合い、発表し合うという形式をとります。その方法にも工夫がこらされていて、「ライオン組は、どこでも自由に動く人たち(=大人など)」「トラ組は、ある一定の範囲内では自由に行動する人たち(=7歳ぐらいまでの子どもたち)」「クマ組は、責任ある大人などの目が行き届く範囲で行動する人たち(=7歳未満までの子どもたち)」など楽しく分かりやすい方法で、それぞれの安全性を確かめて、コミュニティー全体で共有していきます。こうしたほうが、「こうしなさい」と言われるよりも、ずっとずっと「自分がどうしたいか」を考える。(その能力がまだ低い子供達は、より良い選択ができるよう大人がサポートしてあげる。)

starts when it starts, ends when it ends (始まるときに始まるし、終わるときに終わる)という、なんともアバウトな時間帯もいい! Happens when it happens, Whatever happens happens (何が起きれば起きるし、起こるべきことが起こる),,, 日本でこんなキャンプやったら、みんなついてこれるのか?

starts when it starts, ends when it ends (始まるときに始まるし、終わるときに終わる)という、なんともアバウトな時間帯もいい!

Happens when it happens, Whatever happens happens (何が起きれば起きるし、起こるべきことが起こる),,, 日本でこんなキャンプやったら、みんなついてこれるのか?

一日のスケジュールも、参加者の自主性に任されています。C.S.P. (Community Source Programing)と呼ばれるスロットが、午前中に2コマ、午後に2コマ、夜に1コマあり、そこでどんな授業/オファリング/出し物をするかも、参加者次第。例えば、「子育てとNVC」「お金との関係性ワークショップ」「NVCヨガ」などといった大人向けの授業もあれば、「ドッジボール」「自然アート」「カードゲーム」のような子ども向けのプログラムもあり、朝のサークル後に行われる「マーケット・プレイス」でそれぞれが発表して、参加者は一日のスケジュールを自由に組み立てます。テントで昼寝したって、プールで泳いだって、気に入った人とじっくり会話を楽しんだって、何をしたって、子どもも大人もみんな、完全に自由!料理当番もしたい人がする。お金も出せる人が出す。そういう場所だと、自然と思いやりや自主性、自己責任感が生まれやすい気がする。(でも短期コミュニテイーだからこそ、気持ち良く過ごせるのもあるのかもしれない。必ずフリーライダーが存在するから)

 

私は、面白そうな授業に出てみたり、森の中にはったテントで、川のせせらぎを聞きながらたっぷり昼寝したり、日々瞑想やヨガを深めたり。自己責任、自由、好奇心。全て自分が、今ここでどうなのか、そこに深く結びつき、自分自身の自主性に任せて決めて生活していくだけそしてお互いにそれを精一杯、尊重し、サポートする。誰かを批判したり、いらぬ責任を押し付けたりはせず、役割分担もその都度変わる。

小川沿いの、我が家。レッド・ウッズの中のキャンプなんて、最高〜!

小川沿いの、我が家。レッド・ウッズの中のキャンプなんて、最高〜!

娘は、同世代の子どもたちと一緒に、朝から晩までずーっと遊んでいました。私も今までのように「何時までにテントに帰ってきなさい」というような言い方はしない。それがとても難しいのだけれど、彼女がいい選択ができるよう、サポートしてあげる、あくまでも選択の自由を尊重するという姿勢を貫く。(もちろん親として求めていることやケアは、はっきりと伝えながら)

 

完全に自由で、心から尊重されて、どんな時も自分らしくいることをサポートしてもらえる環境にいると、人間って本当に本質に立ち返るというか、生き生きとするし、心底リラックスして、今まで葬っていた感情を見つめてみたり、世界を信頼しなおしてみたり、自分や世界とのつながりを確認しなおしてみたり。最後のほうではやっぱり、ありとあらゆる感情が愛おしくて、涙が止まらず、いろいろなエネルギーが体の中を動いている感覚がありました。

でもこれって別に特別のことではなくて、普段から日常で感じていたい感覚。NVCって、ほんとにただ単にコミュニケーションツールではなくて、もっとずっと深い生きる哲学(参加者の一人は、「人生のコンパス」と言っていた)でもあって、このキャンプは、日常のすみずみまで徹底的にNVCの意識を反映させたらどうなるかの実験場でもあったけれど、この感覚を持ち続けながら普段も生きていきたい、生きていける、と改めて確認したようにも思います。

キャンプにはNVC初心者(例えば、奥さんがはまっていて、旦那さんは初めて)という人も多かったけれど、そういう人たちも日が経つにつれて、脳みそが柔らかくなり、肩の力が抜けてくるのが見ていてとても微笑ましかったし、「さまざまな感情に気づく」まずはそこからスタートだな、と思いました。あまりにもみんな忙しく、仕事やお金のこと、子どもの教育やしつけなどなどで、自分のセルフ・ケアができていない。常に外向きのことを整えること、社会で機能していくことに必死で、自分の心の中や核心がおろそか。そうした状況に気づき、軽やかに別の方向に自然と一歩を踏み出した、そんな人たちも目撃して、希望を感じていました。

夕方5時30分には、ふたたびRumi’s Fieldに集まって、大きな輪になり、その日の「祝福」と「なげき」を誰からともなく出し合って聴き合います。アジェンダはなくて、みんなが感情のあるままを出し合うというだけ。特に、弱き声の子どもたちの発言が奨励され、キャンプ終盤にもなると、一つの大きな部族、真の家族のような一体感や安心感が芽生えてきていました。ほんとにここでずっと暮らしていたい、いやこういう感覚を常日頃から自分が住む地域でも感じていたい、というような、、、

ただでさえ評判の悪いアメリカ人の中で、私は「Peace comes from me」と言うマントラを思い出し、これだけたくさんの仲間がいることに大きな希望を感じていたし、一年前のキャンプからの私の、そして娘の成長をひしひしと感じていました。Needs YogaというNVCとヨガを組み合わせたクラスで私が選んだカードは、「祝福」と「サービス」。こんな場を体験できた身として、本当にありがたく、これから日本とコスタリカに帰国してワークショップなど始まりますが、培った愛と平和のエネルギーを、もっともっと広く大きな舞台で様々な人と分かち合いたい、それが私の今のミッションだし、100%受け取った分、100%与えたい、という気持ちで今います。

 

How do you want to live & learn together?
どうやってともに暮らし、学び合いたい?

この問いをこれからもいろいろな人と話し合い、平和を築いていきたいな。

世界中を、お互いがサポートしあい、平和を実践する場所にしてこう!

 

NVCを体感する、6月集中合宿を終えて

今年は、NVC(Nonviolent Communication:非暴力コミュニケーション)を深く学びこむ一年と決め、BayNVC Leadership Programという集中コースに参加しています。「意識変容や社会変革を促すリーダーを育てる」という趣旨のもと、カルフォルニア州に集まる一週間集中合宿が年3回、その間もオンラインのクラスが定期的に行なわれていて、ものすごい刺激、学び、つながりと成長の機会を得ています。

今回6月は、第二回目の合宿。カルフォルニアの森の中にあるリトリートセンターに子供たちや動物たちも一緒に生活をともにし(そう!キッズ・プログラムもあるのです)、ヨガや瞑想をし、森の中を散策し、クリーンフードをいただきながら、たくさんつながり、たくさん泣いて、たくさん学び、一瞬一瞬が全ての人の平和と癒しのためのプラクティスと成長にあふれる、魂の震える場を経験しました。

未だ続く対立に嘆き悲しむパレスチナ人の無念さ、新しいつながりを担保とした希望、不安と安心感、対立と和解。様々な場面とカラフルな感情にふれるたび、どれも愛おしくて、最後は涙が止まらず、それもそのまんまを受け止めてくれるソウル・フレンズたちの存在。人生で、世界でどんなことがあろうとも、NVCコミュニティーは心の拠り所の一つ。この場とつながりがあるからこそ、私はコアをぶらさずに歩み続けられる。参加者は世界各地からおよそ40人。備忘録として簡単でかつ個人的なメモ書きを記しておきます。


 

前回2月の一週間合宿は、 NVCを集中して学ぶ初めての機会だったこともあり、とにかくその衝撃と感動の渦にいました。例えば、前回の合宿後に書いた文章はこんな感じ:

NVCと言うのは、Nonviolent Communication、日本語だと非暴力コミュニケーションと訳されてます。ようは人同士のコミュニケーションの仕方を学ぶということなんですが、それはとても深く、慈愛の精神で自分と世界を見つめ、一点の精神の曇りなく自立して生きるようにするトレーニングにもつながってきます。ほんと、ヨガの世界ともとても似ています。表面的にはアーサナだったりコミュニケーション術だけど、学び実践していくと、とまらない〜。NVCは、その言葉を発信する当本人の私たちこそが、本氣で今ここで愛を持って自分もほかの人も受け入れるているか、「愛の存在」に私たちを整えるセルフ・ケア、セルフ・アウェアネス、プラクティスでもある。そして外の世界にもそのアウェアネスを向け、社会変革や世界平和を作っていくための人間づくり、国づくりを実践する哲学でもあり、ツールでもある。NVCはウェル・ビーイングを高めて、日々のコミュニケーションを改善するだけでなく、「本氣で今ここにいる人の話しを聴く」ことが求められるコーチングの現場でも活かされるし、リーダーシップ研修やビジネスの現場でも活用され、イスラエル・パレスチナ問題の調停でも深く根づいた心の分断を取り戻したり。あらゆるNVCのスピリットが、それぞれの現場でアヒムサ(非暴力)、深く結びつき愛で生きることを可能としてくれています。NVCと言うのが入りにくい人は、「自分や家族と世界との関わり方の方法」と言いかえてもいいかもしれません。どんなときも、愛を体験すること、命とは何か感じること。自分にも、家族にも、世界にも。このことが見えると、人生が変わります。見えるだけじゃなくて、やると世界が変わります。

…....と、ものすごく鼻息荒く書いていたほとです。2月の合宿では「じゃあどうやったらほんとにネガティブな感情を克服して、自分にも苦手な相手にも愛を持って接することができるか」の具体的な方法を習得し始め、それから4ヶ月、コスタリカで毎日、毎瞬間、実践し、ワークショップやコーチングにも生かし始め手応を感じて迎えたのが、この6月合宿でした。

さてこの合宿では、「どんなことがあっても、どんなに批判や非難、判断したり決めつけたり誰かのせいにしたりする気持ちが湧き上がっても、それを認めながらも、そこを助長させることなく、ただただひたすら愛と思いやり(コンパッション)をいかに持ち続ける自分でいられるか」というプラクティスを「理解していても、実践する難しさ」に直面した、という感じ。

それは、「NVCコミュニティー内で起こった揉め事を、どう解決するか」という生きた題材を、NVCにコミットしているほかの人たちが右往左往しながらナビゲートする様子を目の当たりにして、それぞれが繊細な心の部分にタッチし、時には耐えがたい苦痛を感じながら、それでも愛と思いやりを実践する大切さと難しさ。自分の中にも湧き上がる決めつけ、加担、批判や非難などなど、、、人間としての苦悩を超えて別の視点を手にいれるための道のりの長さ。そんなことをひしひしと感じて、あーほんとにこれは、修行あるのみ、練習あるのみ、コミットメントあるのみという意識を強くしました。

そしてほかの人に対してだけでなく、自分に対するジャッジメントなど様々に起こる気持ちをどう処理するか。自分を恥じたり、かっこつけたり、自分を小さく思ったりする気持ち。不安、恐れ、いかり、認められたい気持ち、無力感。誰でも実はどこかしらにあって、でもたいていの場合は、それを大したことでないと軽視したり、対処するのを後回ししたり、見て見ぬ振りをしたり。でも嫌でも心の奥底に正直にならざるをえない集中合宿の場では、逃げることはもう出来ないんですね。新しいパターン(習慣)を意識的に迎え入れ、そのプロセスはとても面倒で時間のかかるものでもあるのだけれど、それが本当に自分のものになるまで鍛錬していくことの大変さ、自分で自分を確かめる、価値を認めるそのワークの神聖さと大切さを実感しました。

そのために一人静かな内観の時間を保つなどセルフ・ケアをしてセンタリングをしたり、強い感情が湧き上がった時には正直に話してエンパシーをもらったり、時には気楽さや笑いを呼び込んだり、それぞれが工夫しながら信頼できるコミュニティーの中で、心を開き、解体作業を行なった一週間。朝は瞑想、ヨガから始まり、コミュニティータイム、午前中のワークショップ、ランチ、エンパシータイム(3〜4人で心の中を話し合い共感しあう)、午後のワークショップ、ディナー、夜のワークショップと盛りだくさん。

 

特に私の中で、学びの深かったのは次の3つの柱。

 

1. 癒し(ヒーリング)の力

ヒーリングとかヒーラーって、今まであんまりピンと来てなかったのだけれど、NVCプロセス(真の深いつながりを築く)以前に、強いトラウマや怒り、非難の気持ちなどある場合は、それを完璧に癒してあげないとうまくいかない。それを目の当たりにして、ヒーリングの重要性がよく理解できたし、その手法やヒーラーのあり方も学んだ。(でも決して、癒してあげなくてはいけない、という問題解決型の思考で入るのではなく、そのままを受け入れる。その痛みとともにいてあげるというスタンスが大事なのは、言わずもがな)。以下、個別のセッションの簡単メモ。


<脳科学とNVC、トラウマ・ヒーリング      サラ・ペイトン  her website here

トラウマ:共有できない辛い体験のこと(辛い体験そのものではなく、その体験を共有できない、つながりがなかったという側面が大切)

「タイムトラベル・エンパシー」:過去の辛い体験に戻り、トラウマに寄りそう方法:

脳みそにはAmygdala (アミグダラ:扁桃体)と呼ばれる、アーモンドサイズの神経細胞の集まりがあり、ここは恐怖や不安や喜びなど様々な感情を司るところ。アラームを発しているアミグダラを包んであげるように、つながりを持たせるというプロセス。(左脳は論理的、思考的。右脳は感覚的、直感的。「つながり」を感じることで、脳みそが育つ。つながりを感じない子供は、脳みそが発達せず、通常に比べて1.3kg軽量!!! )

1. Consent & Intentionality 同意と趣旨説明

2. Clear Observation of the difficult moment  辛かった体験の明確な観察

3. Body Input  身体感覚

4. Time travel to the difficult moment  辛かった体験へのタイム・トラベル 

5. Feelings and Needs guesses  感情とニーズの推測

6. Invite pasts Self to presenttime   現在への帰還

この手法は、コーチングのセッションにもろに役立ちそうです。


<ファミリー・コンステレーション  サラ・ペイトン >

コンステレーションとは、星座などの配置のこと。関連する家族や事象を、感覚的に配置し距離感やエネルギー、意味することを視覚的に捉え、そして体の感覚やエネルギーに細心の注意を払うことで、思考では生まれないような感覚的な解決法を見出す。実際に生きた題材でワークをしてみて、パワフルでなるほど感はあったものの、自分で実施するにはかなりの直観力が必要そう。とにかくサラが丁寧に一つずつ確認しながら、プロセスに寄り添う姿が印象的でした。

 


<セルフ・インテグレーション アヤ・カスピ>

自己統合のワーク。自分に対しての怒りや恥、罪悪感、不安など全てのパーツに名前をつけ、自分の全体性を抱きしめるというワーク。(下記ノートの右ページ参照)完全なる自己受容、自己慈愛、自己信頼に行き着く。実際の事例をもとに経験したけれど、とてもパワフル!特に、日本人にはと・て・も、向いていて必要なワークと確信しました。

 

 

 

2. それぞれの存在価値を受容し合うことの大切さ(Mattering)  

話している内容自体がどう理解されるかもそうだけれど、実は「心から批判やリアクションなく、聴いてもらえているか?(Am I heard?)」「そもそも私自身の存在価値は?(Do I matter?)」ということが、私たちにとってとても大切だということ。人間は誰しもに、承認欲求がある。つながりを求め、尊重されたい、どこに自分が所属しているのか(belonging)の確信を求めている人多い。最終的には、自分が自分を認め、自分自身を尊重し、自分という家に所属することが何より大切だとしても。Mattering. I matterという感覚がどれほど生きる軸をしっかりさせ安心感を与えてくれることか!


<和解のプロセス ロクシー・マンニング> (上記ノートの左ページ参照)

1. 何かしらの対立を感じた人に、心から正直に話してもらう -  充分に聴く。共感を返す

2. それを聴いてどう思ったかを表現する - 自分にとってどんなインパクトがあったかを伝える

3. なぜそうしたかを返す - 新たな理解を促す

4. 次のステップは? - 決して相手のことではなく、全体性を見て取れる次のステップを示す

 

Am I heard? Do I matter?  常にこれを意識しながら、「目の前に存在する命への敬意」を払って人と接すること、ファシリテーションすることを心がけること。


<グループ・プロセス ロクシー・マンニング>

1 . Attention to Mattering - 存在価値へ意識を向ける

2.  Speaking into the group - なぜこのことを表現する意味があるか?

3.  Making the request to the group - 閾値(しきいち)を変える 

4.  Tracking - 全ての項目をフォローする

5.  Feedback - 心からのギフトとして与える

 

 

3. 調停のスキル

すでに友達夫婦間のいざこざについて相談にのったり、コーチングのセッションで実践していることだけれど、調停(ミディエーション)のプロセスを実際の事例で客観的に観れて、しかも順序立って説明を受けられたのは、とても豊かな時間で大きな学びだった。


<調停ワークショップ アヤ・カスピ>

調停者とは、対立関係にある本人たちの翻訳者。それぞれに対して、なめらかな共感を充分に与えるのがプロセスの肝。そのためには一つ一つ噛み砕きながら、ゆっくり丁寧に焦らずに。お互いの声をしっかり心の奥底のやわらかい部分で聞けるようにサポートしていく。そのためにはセルフ・コネクションを忘れずに。決してニュートラルにいなくてはならないということではなく、自分のエネルギーを出してよい。時間は長くても2時間で抑え、集中力を持続させる。

1. それぞれと一対一のセッション

2. 調停者の意図(下記の詩を参照)

3. チェック・イン

4. 課題のシェア(プロセスの肝)

5. リスポンス(プロセスの肝)

6. チェック・アウト

"Lord, make me an instrument of Thy peace;
Where there is hatred, let me sow love;
Where there is injury, pardon;
Where there is error, truth;
Where there is doubt, faith;
Where there is despair, hope;
Where there is darkness, light;
And where there is sadness, joy.
O Divine Master, Grant that I may not so much seek
To be consoled as to console;
To be understood as to understand;
To be loved as to love.
For it is in giving that we receive;
It is in pardoning that we are pardoned;
And it is in dying that we are born to eternal life."    -  St Francis of Assisi


<リストライティブ・プロセス>

コミュニティーや組織などの複数人が所属するグループで問題が生じた場合に活用するプロセス。トーキング・スティックなどでそれぞれが心にあることを出し切るまで話し合う。印象に残ったのは「ナマステ(私の内にある光が、あなたの内にある光を見ます)」だけでなく、「ナマスナイト(私の内にある闇が、あなたの内にある闇を見ます)」という言葉遊び。NVCの側面を端的に表していて、真実。「ネガティブな感情」とやっかい扱いされてしまいがちだけれど、それも含めて、受け入れるという姿勢を持ちたい。

 

この三つの大きな学び以外にも、<自分を愛し、ほかの人を愛し、パートナーを愛するワーク  アヤ・カスピ>では、“If you truly love yourself, you will not hurt others.(Buddha) “   ということを再確認したり、<エナミー・イメージ(敵対心を溶かす方法) フランソワ・ボーソレイユ>のプロセスもおさらいしたり、<NVCと子育て>は、、、もうこれは本当にリッチ過ぎて、再考が必要なのでまた別途、記述。

 

これらの全てのことを集中して味わいながら過ごした一週間は、とてつもなく長く、でも一瞬のようにも感じた、特別な時空でした。今は心が充満していて、ヴィッパーサナの後のような研ぎ澄まされた感覚で、全ての感情をしっかりありのまま抱きしめ愛おしんでいて、いつでも涙がこぼれてきます。前回の2月合宿の後も、2週間ぐらいは泣けたんだっけ、、、でもその後、フツーの状態に戻ってしまい、心が麻痺していく感覚を味わったのでした。今回もいつでも泣ける期間が続くといいな、と思ったり、でもそれも期待せず、ただただ私を生きる修行を続けるのみです。

滞在中に、これまで体感したことのないほど強烈な共感を与えることができて、自分の成長をお祝いしました。これからも愛ある存在として誰しにも寄りそえるように、平和を自らが体現できるように、心を柔らかく魂をピカピカに保っておきたい。

平和はここから私から。私の平和から世界の平和へ。また、ここから。次の10月合宿までの4ケ月間、慈愛の旅を続けていきまーす。

4日間ファスティング(断食)記録:ココナッツウォーター版

コスタリカに住むアメリカ人の友人(男性、50歳ぐらい)が、「3日間のファスティングをやって、すごく意識がクリアになった。ライフスタイルの次元が上昇した」と話していたのに刺激されて、4日間のファスティング(断食)をしてみました。(ちなみにその男性は、アメリカのノースフェース社を退職して、今ではコスタリカで完全自給自足生活。「植物の命とつながって暮らす」野生化生活を実践しています)

断食はこれまで何度かやってきて、たまに塩クレンジングなどで、腸をケアすることはやってきたのだけれど、今回も、体も思考もとてもクリアになり、豊かな体験でした。

今回、口にするのは、ココナッツウォーターだけ。一日、3つぐらい。(コスタリカはフレッシュなのがあるから、ありがたい!ふんだんにミネラル分が入っていて、断食にはとてもいい補助飲料。)朝昼晩とご飯の代わりで飲んでもいいし、飲みたいなと思ったら飲みます。たまに水も飲むし、途中で一回、お味噌汁のお汁だけをいただきましたが、それ以外は何も口にせず、4日間すごします。

(本当は3日の予定で始めたのだけれど、「4日目にデトックスが加速する」と友人が教えてくれたり、まだ下腹部に詰まっているものを感じて空腹感も全くなかったので、延長しました。)

だいたいの流れはこんな感じ:どの日も午前5:30起床、その後20分瞑想。午後11時就寝。(4日目は目が冴えて、12時ごろまで寝られなかった)

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1日目:どのファスティングでもそうだけど、一日目が一番きつい。でもそれは「お腹がどんどん空いて、弱っちゃうんじゃないか」という恐れからくる感情の場合が多い。頭が言っていることからくる辛さだから、よく観察すれば、乗り越えられる。体が食べ物を欲しているわけではない。

2日目と3日目:イライラが激しい。家族にあたる。(これもデトックスが進むころなので、通常の反応だそう)でも、イライラのピークが何回かあるものの、基本的に心も体もおだやか。ヨガをしたり、海で泳いだり、仕事をしたり、打ち合わせに出かけたり、通常通りの体力と気力で過ごす。全く弱さを感じない。逆にエネルギッシュ!これには、びっくりです。

4日目:すこぶる調子がいい。午前9時からヨガのクラスを教える。すごくパワフルな心のこもったクラスができた。打ち合わせや子育ての時間、家族にご飯を作ることも、何なりと楽しむ。夜になると、お腹の中にガスがたまった感じで、おならやげっぷが出て、苦しい。これはなんだったんだろう??

5日目:朝なんとなく体にパワーがない感じ。朝、ココナッツを飲んでもう一日やろうと思ったけれど、無理せず終了。断食明けの昼ごはんは、フルーツプレート。ゆっくり噛んで少量を味わう。バナナ、パイナップル、パパイアの生き生きとしていること!夜は、温野菜をいただきました。

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結果的には、胃腸が休まり(内蔵が喜んでいるのがわかる!)、意識がクリアになり、とても良い結果でした。体が疲れることもなく、普段と同じような生活ができ、娘のご飯もしっかり作り、食卓でも一緒に座り、「食事、食べることって面白いねぇ〜」とか家族と話しながら、、断食ジャーニーを楽しみました。「食べたい!」と思ったのは、一日目の夜くらいで、あとは食に対する欲はまるでなくて楽チン。普段からいかに食べ過ぎているか(といっても、普段からほぼベジタリアンで健康的に食べてるのだけれど、それでもね)、(本当に涙が出るほどありがたいことに)ありあまる食べ物に囲まれていて既にあるものに感謝しきれていない、、、など「食と健康と私」について大きな気づきのシフトがありました。

4日目の夜、自分は何ものでもなく、エネルギー体であり、光だということが、すっと体で理解できる瞬間がありました。体が軽い、自分の体に意識がむき、自分の体や心がより理解できているというのは最強な状態で、信じられないくらい神経やエネルギーが研ぎ澄まされ、意識がクリアにはっきりする感じなんです。

 

準備期間(じょじょに食事の量を減らし、脂っこいものや甘いものも食べない)

実践期間(ココナッツウォーター、スムージー、フルーツ、レモネードなどいろいろなやり方がある)

終了期間(少しずつ消化の良いものから少量に)

この三つのフェーズを守って、ぜひみなさんもお試しを。こちらの記事などもご参考に。

さぁこれから、初のコスタリカリトリートです!

 

中野民夫さんをお迎えして
「学び合う場の創り方」

4月22日、中野民夫さんをお迎えして、渋谷デイライトキッチにて「教えあうより、学び合う場の創り方」というイベントを開催しました。

大好きな塚本サイコさんが経営している、デイライトキッチン。まさに学び合う場を提供してきた渋谷のオアシスに、ファシリテーションやマインドフルのきっかけを教えて下さった中野さんをお呼びできるとは!私の中ではもう願ったりかなったりで、私自身が参加者として一番、楽しみにしていたかもしれません。

参加者の方々の学びとつながり、あたたかな場への思いが愛重なり、中野さんのあり方が本当に、風のように心地よく吹き抜ける感じで、、、私は感極まって、口をひらくたびに泣いていましたが、みなさんリラックスした雰囲気でさまざまに深く味わられたようでした。(サイレント・ミールで、お夕食も堪能しました)

参加者は満員御礼35人。全体の流れはこんな風:


1. 手になって大きなサークルを創り、深呼吸。ウェルカム!
2. 「今日、なぜここに来たか?」を3人組でシェア。主語+述語を入れてシンプルな言葉にして、画用紙に書き、壁に貼り付ける。
3. 中野さんのチューニング(体操、瞑想など、そして歌もご披露〜!)
4. サイレント・ミール(この間に、私と中野さんで、みなさんのシェアを元に、「問い」をたてる)
5. 「えんたくん」を使った、シェアリングを2ラウンド 一回15分ずつ
    今日の問いは二つ。
    ・一人ひとりが、輝き活かされ、響き合う場ってどんな時(各自の体験から話そう)
    ・そのためには何が必要?自分がどう貢献できる?
6. ファシリテーションの基礎スキルまとめ(中野さんのお話)
7. チェックアウト。ありがとう&さようなら!


今回は、テーマも広く深く、みなさんがどんな意図で来られているかの幅も広そうなので、とにかくみなさんのニーズ、意図をしっかり聞こう、引き出そう。そこから問いをたてて、「えんたくん」で話し合おう、学び合おうということになりました。

Intention (意図)とは、中野さん曰く「ジョアンナ・メイシーも、意図が60%?と言っている」ほど大切で、「意図」というよりもっと深くて、「奥深い希求」と訳されていました。なるほど。(辞書で希求とは:強い期待や望みを持つこと希望する ・ 期待を膨らませる ・ 熱望する ・ 渇望する ・ 望む ・ 希う ・ 冀う ・ 願う ・ 祈る ・ 祈願する ・ 願をかける ・ 願掛けする ・ 願い求める)

というわけで、「なぜ、今日ここに来たか?」ということをみなさんにまずは出していただくことに。輪になり呼吸でチューニングした後に、3人一組のシェアタイム。心から話し、心から聴く、聴いたことを返すという共感コミュニケーションのワークも紹介して、実践しました。一人3、4分話し、1分のフィードバック・タイム。

そして話した内容を、画用紙に書き出し(例えばつながり!のようなキーワードだけではなく、主語と述語のあるような具体的なもの)、出揃ったみなさんのインテンション(意図:奥深い希求)、「なぜ、今日ここに来たか?」を壁にはって、視覚化します。

ふむふむ、、、みんな前に出てきて、よく見るよく見る。するとファシリテーションを学びたい、教育、人の可能性、フラットな人間関係、深いつながり、共感力をあげたいなどなど、、、この会の傾向、みなさんの「希求」が分かってきます。中には、kokoや中野さんの今を知りたいという人も。それも、いいんです!かっこつけることもないく、正直に、自分の今を出し合います。

そこで、中野さんのマインドフルネス、ミニワークショップタイム?毎朝ヨガもされている中野さんのガイドのもと体を動かし、瞑想し、感覚を自分の体、心、今ここへの存在へと向けたあと、、、、みなさんがサイレント・ミールで、特製お弁当を味わっている中、中野さんはこんな風に問いをたてられました、。

「一人ひとりが輝き、活かされ、響き合う場って、どんな時?

各自の体験から話そう」

そして

「そのためには何が必要?自分がどう貢献できる?」

すごいライブ感で、その問いの立て方が面白かったです。特に最初の質問では、「体験」を語らせる。「〜〜について、どう思いますか?」とかではなく。

4人一組になり、丸くきった段ボール「えんたくん」を膝において座ります。まずは「一人一人が輝き、活かされ、響き合う場って、どんな時?」という問いを真ん中に大きく書いて、話し合いスタート。一回15分ぐらい、たっぷりと。まわりにどんどん思い、キーワード、つながりなどを書いていく。

席をかわって、次の問い。「そのためには何が必要?自分がどう貢献できる?」一人がホストとして残り、前の話し合いをシェアしたあとで、また書き込み、話をすすめていきます。

意識の高い、いろいろな現場や人生段階の方たちとの会話は、各テーブルとても盛り上がっていたようです。(私は歩き回っていて、そんなに参加できなかったのが残念!だけど、漏れ聞こえてくる話はとても深くおもしろかった〜)

一番、感じ入ったのは、「場に完全に委ねる」という中野さんの信頼感。私だったらいろいろなことをやっぱり言いたくなってしまったと思いますが、そこはさすがファシリテーションの場をいくつもこなしてこられた方の貫禄だなぁ、と思った。「答えは、必ずみんなの中にある」ということを胸に、どれだけその場を信頼できるか、どれだけ参加者によりそえるか、ということがいい場を創るために大切なこと、と今更ながら再認識。だから一方的なまとめみたいなこともしませんでした。

(もうすこし時間があると、コミットメントとか会としてのまとめも導けていける、シェアが深まって、行動計画や強い記憶に落とし込める、というのも納得です〜)

最後に<ファシリテーションの基礎スキル>のミニレクチャーも

・場作り(空間、そして関係性モも)
・グループサイズ(個人?グルーワーク?全体?)
・問い(各自の体験を元に話せるように)
・見える化(可視化)
・流れのあるプログラム・デザイン

なるほどな〜と思いました。私はこういう風にファシリテーションを体系的に学んだことがなかったので、人に伝える時に整理されていていいツールだな、と思いました。

でもやっぱり大切にされている「場作り」とか「流れのあるプログラム・デザイン」という意味では、その人の「あり方」が問われるんですよね。それを強く感じました。中野さんならでは、やっぱり何よりご本人がリラックスされて淡々とただそこにいる、静かなんだけど前向き?という自然でやさしく凛としたトーンが、自然とあの場あの時の会場のエネルギーになっていました。

そして、話し合う、聞き合うという意味では、もっともっとNVCの共感ワークも入ってくると、対話が深まると思いました。(気づき、学び)ファシリテーションのロールというというよりも、コミュニケーター(それが一対一でも、一対多であっても)としてのツールに、今、私は関心があって学び、実践しているんだ、との気づきもありました。

ファシリテーションや、今ここを味わうマインドフルネスということは、実は「その場にいる人たちとよりそい、いかに愛の存在としていられるか」というとてもシンプルなことなんだと思いながら、あたたかな学びの合いの夕べは過ぎて行きました。

古くからの友達も駆けつけてくれて、お腹も心も満たされた一夜。中野さんとの写真が、ないっ!おこしになったみなさま、おつかれさま&ありがとうございました。中野さん、学びとつながりの場をありがとうございました。これからもそれぞれの現場にて、全存在をもちよって、平和の今を生きていきましょう。 

サイコさん、素敵な場になったね!いつも心よりありがとう、同志よ〜!

サイコさん、素敵な場になったね!いつも心よりありがとう、同志よ〜!