捕鯨について再び「クジラを捕って、考えた」を読んで

少し前に勢い余って書いたクジラ問題についてのブログ。手厳しい批判も頂いたんですが、今になって考えて見ると、なんだか鼻息荒いだけで、ハズカシイ。クジラ問題に関しては、どうにも出口が自分の中に見えなくてモンモンとしていたんですが、一花屋のふえりこさんが貸してくれた本が救ってくれた気分!!クジラ問題は、日本ではあまり話題にならないけれど、一歩海外に出ると至る所で意見を求められる重要なトピックなので、ここで皆さんにも紹介させて下さい。

その本とは、川端裕人さんという日テレの現役記者が書いた「クジラを捕って、考えた」(PARCO出版。残念ながら、絶版のようです)。借りた時は、「1995年出版の本だし、なんだか古くさいなぁ。あんまり新しいこと書いてなさそう」と思っていたのだけれど、いやいや失礼しました。(ちなみに川端さんは、今では自然や少年時代に見た夢を思い出させてくれる小説を次々と書かれているようです)

この本はほとんどが彼が同行した「調査捕鯨」の体験談なのだけれど、本の最終章「新世代環境捕鯨宣言」に、日本の捕鯨に対して提案じみたことが書いてあります。少し長いのだけれど、多分この人が言いたいことがどんぴしゃり書いてあるので、引用します。

僕はこの時、改めてこんなことを思い起こした。
「環境保護のために捕鯨は必要なのではないか?」
「21世紀のために捕鯨が求められる日が来るのではないか?」
逆説的に聞こえるかもしれないが、僕はこの瞬間初めて本気でそう思った。捕鯨が捕鯨であること、産業であることをやめて、環境保護の中に深く埋め込まれた時、今はまったく相容れないこの二つの「現象」は一つの物として立ち現れてくる、そんな気がした。具体的に言うならばこんなイメージだ。

その時の捕鯨は、基本的に調査捕鯨のスタイルが踏襲されている。科学者たちが中心になり調査を軸に運営して、絶えず捕鯨対象であるクジラの資源状態のモニタリングを続けるのだ。つまり、僕は調査捕鯨の目的である「商業捕鯨の再開のために」という部分を削って、更に調査方法を洗練した上で継続すべしと考えているのだ。これは単純すぎるだろうか?そうかもしれないが、僕はこれが次のような理由で必要であると考える。環境保護論者の中には、すべての捕鯨をやめて放置すればクジラは回復すると信じている人たちもいるようだが、それはあまりにも無責任だ。定期的にモニタリングしてやらないと、そこはクジラの保護区ではなくクジラのデータのない暗黒地域になってしまう。(中略)一方には捕鯨を完全に放棄した世界があり、もう一方には「持続性」の欠片もない捕鯨を続ける世界がある。たぶん未来の「落とし所」はその中間にある。ちょっとだけ捕らせてもらって、それ以上にクジラを、生態系を知る。結果的にクジラの未来にも、人類の未来にも役立つ、そんなやり方があるはずだ。というわけで、僕はもう一度ここでこの逆説的な言葉を繰り返す。「環境捕鯨が世界から求められてる日がいずれやって来る」と。

捕鯨反対論者は「結局は商売じゃないか!クジラがかわいそう!生物を守れ!」と商業捕鯨につながる危険性のある調査捕鯨を認めず、捕鯨擁護論者は「クジラを食べて何が悪い!牛や豚を食べている欧米人に言われたくないわい!」と感情的になる、という平行線で妥協点が見えないのが、クジラ論争。でも川端さんが持ち込んでいるのは、二者択一でなくて、全く新しい視点。「調査捕鯨か商業捕鯨か」の主張に分かれてにらみ合うのではなく、「環境捕鯨」という新鮮な切り口だ。「クジラを捕っても良い ー いや食糧の持続性ということを考えると、捕った方が良い。ただしそれは金儲けのための捕鯨ではなく、環境を維持するための調査捕鯨。」これなら誰も反対しない、みんながハッピーと思われるのですが、どうでしょう?

あと本の中で面白かったのは、調査捕鯨に関わっている人たちへの温かいまなざし。

僕は動物についての権利について考えている人たちや、単純にクジラやイルカを愛する人たちに、彼ら科学者のことをもっと知ってもらいたいと願う。彼らとは別の形の真摯な情熱と愛情がここにはある。僕にはその思いの深さや強さが、欧米で自らの信念に基づいて冷静な動物愛護運動を展開している人たちのそれと同様に、崇高で称えられるべきものに思えるのだ。

これも全く私になかった視点だったので、とても新鮮でした。そうですよね。捕鯨に関わっている人が、誰しも意固地になって、金儲けだけ考えているはずがない。逮捕されたグリーンピース職員(7月半ばに釈放されたようです)に同情する心はまだあるけれど、色々な人たちの思いを公平に捉えないと、歩み寄らないと、こういう問題は解決できっこない。

アインシュタインは言いました。「問題を作り出した時と同じ思考では、その問題を解決することができない。(We can’t solve problems by using the same kind of thinking we used when we created them.)」世の中にある様々な問題は、今までの考え方の枠組みや常識にとらわれていたら解決することができない。Think outside of the box! 新しい独創的な考え方が求められている、というわけです。本には例えば、こんな箇所も。

「環境税はどう?国際的な管理の方法として有効だと思うんだけど。今、二酸化炭素の排出権というものを作って、それを各国がお金で買うというシステムが検討されているでしょう?そこで南氷洋のクジラに環境税をかけるわけ、一頭捕ったらいくらというふうに。そのお金は当然南氷洋の環境保全に使うことにしてね。こうなると相当の覚悟がないと捕鯨に取り組めなくなる。本気でやるなら、それくらいの覚悟がなきゃ」

調査捕鯨を内包しつつ、さらにそれを超克した環境捕鯨こそ求められるべきだ。その時のキーワードは「世界人類、地球環境への利益還元」だ。もしも捕鯨がそれを実現できるならば、有史以来不可逆的に海洋生態系を乱して来た水産業としては稀有な事例になる。「環境捕鯨」なんて荷が重たい言葉をあえて使うのは、新しい時代の自然と産業の共存のありかたの一つのモデルとなって欲しいからだ。

あとはこういうことを政策に盛り込んで行く手腕のある政治家・官僚がいれば良いのだけれど….福田さん辞任で本当にこの国の政治はどうなっちゃったの?と嘆かずにはいられません…あまりにも無責任すぎる。そして捕鯨に対して議論するこちらのサイトの狙いは素晴らしいのだけれど、どうしてこうも誹謗中傷めいたコメントがたくさん書き込まれてしまうんだろう…もう、びっくりです。捕鯨問題について、詳しく分かっている人としっかり議論したい。