「今ここの自分」を、まるごとそのまま受け入れよう

あなた自身が何も変えようとせず、あなた自身のことを分かり始めた時、あなたは大きな変容を体験することになるでしょう。
— インドの哲学者、ジッドゥ・クリシュナムルティ

先日、話していたコーチ仲間のアメリカ人の友人が、「今日、"Search for Meaning(生きる意味を探求する)"っていうイベントに参加して、たくさんの学びがあったの」と話していました。シアトル大学の毎年恒例のイベントのようで、「人類は、なんのために生きるのか」という大命題を、様々な角度から検証する大学やコミュニティーを巻き込んだイベントのようです。

「私は何のために生きているのか」「私が生きてる意味って、なんだろう?」きっと多くの人がちょうど7年前におこった震災のあの時から、心の奥深くで問い続けながら、生きてきたんだと思います。それほど根底から命を、日常を、自分の生き方を見直すほどの強烈なインパクトを持って、目の前に突然立ちはだかった出来事でした。少なくとも、私は大好きだった鎌倉を離れ、大好きだった仕事をやめ、娘の健康を最優先に考えて、海外へ移住と人生が急展開してきました。「生きている、生かされている、この命。命ある限り、私は私が大切にしていることを真ん中に、精一杯、私を生きよう」そう心に決めてきました。

そしてたまたまだけれど、7年後の今日、3月11日。コスタリカの我が家に、ずっと夢みていた、馬がやってきたのです!大感動!

 ナランハちゃんです。ナランハとは、みかん。みかんの木が沢山はえている山で産まれたからって、前のオーナーさんが教えてくれました。

ナランハちゃんです。ナランハとは、みかん。みかんの木が沢山はえている山で産まれたからって、前のオーナーさんが教えてくれました。

住んでいるコスタリカの田舎町でさえ、馬を交通手段に使っている人は少なくなってきているけれど、ハイスピード社会にのっかって車に頼るよりも、ゆっくり馬で移動する。その方がしっくりきたし、馬に乗っている時の瞑想状態が私をセンタリングしてくれる。完全に私が私の人生でやりたいと思うことをやろう。そこに忠実であり続けたからこそ、周りの人には「そんなクレイジーなぁ!」と言われながらも、達成できたんだと思います。

横ならびの日本社会から抜け出そう

馬を飼い始めたその日、マインドフルネスの博士であり、コーチ仲間でもある村田樹紀さんとskypeで話していたのだけれど、25年間カナダのバンクーバーに住み、ついこの間、日本に帰国したばかりの村田さんは、日本の印象をこんな風に話していました。「日本人は、ほんとにカタから出るのが、すっごい苦手ですよね。」そして村田さん、だからこそそれぞれの生き方に無理がきていて、癒しや抗疲労(ヒーリング)の市場は、UFJ銀行の調査によると2,3年には12兆円〜17兆円にも膨らむと言われていて(自動車市場の1/4!)、いよいよ日本もメンタル・トレーニングやスピリチュアルな時代に入ってくる、と。

生きる意味や幸せの価値観が多様化し、関心は「大味の一般的な幸せ」から「ディテール化された個人の幸せ」にシフト中です。「外側」は幸せの形相を呈していても、「内側」は幸せじゃない、意味が見い出せないという叫びは、今やたくさんの人の心から聴こえてきます。「どうやって生きたいの?」「それを決めるのはあなた自身でしょ?」と言う当たり前に思える大命題を、一人一人がもろに突きつけられています。

もうほんと「あっぷあっぷ」な人が多いんだと思います。日本みたいな横並び社会、出る杭は打たれる、目立っちゃならない、というような文化では(そこには「個人」より「調和」を重んじるという謙虚な美しさがあるにはせよ)なおさらです。社会に、親に、会社に、同僚に、友達に、メディアに合わせなくちゃならない。なんだか息苦しいけど、その方が波風たてずに楽だしね。そういう閉塞感の中にでも感じられる、瞬間のイキイキとした時を逃さず、ストレス発散したり、傷の舐め合いをしたりして、なんとか気持ちを高めて切り抜けている。そんな方も多いかもしれない。

「自分の内側を見る時間や余裕がない」という人も多いですよね。自分のことや家族の世話をするのに精一杯だし、周りにはいくらでも気を散らしてくれる最高潮のエンターテイメントや情報が山のようにある。自分の内側、心や体の中に静かに入って行ってじっと観察するって、できるようで難しいわけです。

でもそれをしないと、どうなるか。誰かが「正しい」と決めた生き方を生きる。誰かに「認められるために」生きる(日本人は承認欲求も非常に高い)。そうすると本当に亡霊を生きてるみたいになっちゃうんですね。本当の自分とコネクトしていないコミュニケーションが年々続いていくと、誰も自分を分かってくれていない孤独感だったり、深いつながりが欠如した不安感だったりに苛まれてしまう。そして達成感や充実感とはほど遠いところに、止まることになってしまう。自分自身が誰なのか、何を欲しているのかさえも、よく分からなくなってしまう。分からなかったり、好きじゃなかったり、ダメな存在だと思って見下したり、何者かにならなくちゃならないと思ったり。

自分を自分で完璧に何も変えずに受け止めること、自分自身を生きることは、たやすいことではないかもしれない。勇気も仲間も根気も自信も励ましも忍耐力も全部、必要です。でもどこからから始めなければ!ということで、参考になるかもしれない考え方を、(手始めに!)二つ掲載しておきます。

「今、どんな感じ?」と問い、受け入れる

これは、魔法の言葉だ!と思って、開催しているNVC講座でもよく使っているんですが、「今、どんな感じ?どんな気分?どんな感情?」と聴いてあげるのは、自分を知る第一歩として効果を発揮する問いかけです。自分にそっと優しく聴く、チェックインするんです。

「今、自分はどう感じてるんだろう?」と自分に問いかけるようになって、私は自分のことが以前にくらべてはるかに良く理解できるようになったし、そのことで、人とも正直に深いところでつながれて、様々な人生の場面で人間関係もより豊かなものになってきているのを実感しています。

「今、自分はどう感じてるんだろう?」これが、なぜ大事なのか。オンライン講座ではこんな声が聴こえてきています。

  • 自分の気持ちに出会うと、自分を分かり始める。感情を知ることこそ、自己実現につながっていく。

  • 自分と向き合って、自分の感情がはっきりしてくる、つまり自分とは誰かが分かってはじめて、人と深いところでつながれるし、理解してもらえるし、理解し合える。

自分とちゃんと向き合うためには、ハートの蓋をあけて、いろいろな感情をよく見ることが大切なのです。なぜなら、私たちは「頭」ではなく「心」の生物だから。いやもちろん思考も大事だけれど、ハートや心を置き去りにしてはいけない。感情で人は動きます。私たちは感情の動物であり、感情を開きあってつながらないと意味がないのです。何がしたいとか、何が得意とかは、そのずっと後。今、どんな気持ち?ただそれだけです。

そしてそこにどんな感情があってもOK!怒ってても、イライラしてても、嫉妬してても、恥ずかしくても。こういう「(俗に言う)ネガティブな感情(本当なネガティブもポジティブもないのだけれど)」って、「人間としてだめだ」と(自分や社会が)判断してしまって、「いけない、いけない」とシャットアウトして、見て見ぬ振りをしてしまうことも多い。または相手や自分を責めるようにしか受け取れないから、そんな自分も嫌で黙ってしまったり。正しい善良な市民になるためには、いつもイキイキしていなくちゃならないから、だからどんんどん自分を失っていって、自分自身でいていいのかさえ、分からなくなってしまうことになってしまうんだと思います。

 日曜日の朝、起きたら、、、娘がこんなものをを作っていた!!ばっちりです。

日曜日の朝、起きたら、、、娘がこんなものをを作っていた!!ばっちりです。

だから一人静かな時をもつ工夫をして(これがまず大事!)、そして聴いて見る。「今、どんな気持ちなの?」なかなか最初はよく分かりません、自分の気持ちなんて。自分で気にしたこともなかったり、誰にも聴かれたことがないから(NVCを体系化したマーシャル・ローゼンバーグ博士は「20数年間の学生生活で『今、どんな気持ち?何を感じてる?』ときかれたことは、ただの一度もなかったと書いています)。感情を説明する語彙も少ないし、とにかく心を見る目というか筋肉が鍛えられていない。でもやっているうちに、少しずつ分かってくる、習慣化してくる。

すると「あぁーわたし、今、すごく悲しんだな」「あぁーわたし、高揚してワクワクしてるな!」とか、カラフルな感情が分かってくるんですね。それが自己発見の第一歩です。簡単でしょ!?そしてどんな感情であっても、等しくそれを大切なものとして感じる。受け取る。大切にする。心の中の部屋を与えてあげる、認めてあげる、抱きしめてあげる。ここが肝心。押しやらない。怒りも不安もいいんです。味わってあげる。外向きの怒りがあったとしても、感情の確認に続けて、「ニーズ(大切にしていること)」と結びつけるというプロセスを踏むと、さらに自分の輪郭がはっきりしてきたり、どんな状況でも相手や自分を責めない表現にできるから大丈夫!(ここは長くなるのでここでは書きませんー。興味がある方は、ぜひオンライン講座の参加もご検討を!かぎは、「怒ることをやめるのではなく、怒りとの関係性を改善する」ということ)

「私とは、何者か?」という哲学的な問いになってしまうと、クラクラしちゃうけれど、「私、いまどう感じてるんだろう?」と聴くだけなら、今すぐにでも出来そうです。感情の語彙が少ない方は、NVC Japanのサイトのこちらから一覧リストが入手できますので、やってみましょう。

思いやりをもって、自分を許す

もう一つ、私のライフ・コーチに教わってよく使っているのが、Self-Compassionate Forgivnessというマントラ(お経のようなもの)です。これは、自分に対して、「あぁーやっちゃったぁ」「私って、だからダメなのよね」などと批判や評価の気持ちを感じた時に使います。

自分自身に対しての思い込み、って結構、ありますよねぇ。不必要に落ち込んだり、自分に厳しくしたり、自暴自棄になって、諦めてしまったり。辛い状況にいるほうが、未知の世界に進む勇気を奮い立たせるより、よっぽど楽だったりするし。でも自信がなかったり、いまの辛い状況から抜け出せなかったりのは、自分の気持ちの持ちようが、一番の足かせ、障害だったりする。自分にどんな物語を話している?それは凝り固まった、古く色あせたいつものパターンのストーリーではないか?そんな問いかけが大切です。

なので、そういうモードに入ってしまったら、、、

I forgive myself for judging myself for being ....
私は、〜と自分自身を評価してしまった自分を、許します

という風に唱えるだけです。夜、寝る時に一日を振り返る時間をとって、ゆっくり心に問いかける、とかでもいいですね。私も最初、半身半疑だったのだけれど、やってみると、自分を必要以上に責めなくて済む。「あ、許してあげよう。そんな時もあるよね。次々!」って一人プロセスが出来るんですね(笑)。クイック・ヒーリングができちゃう、みたいな感じ。

マインドフルネス世界中で伝えてきたベトナム僧、ティク・ナット・ハン(Thich Nhat Hanh)師はいいます。

"To be beautiful means to be yourself. You don't need to be accepted by others. You need to accept yourself. " 
美しい人間というのは、自分を生きている人。ほかの人に認められることは大切なことではありません。

自分自身を認めることが大切なのです。

自分を愛することは、身勝手なことなんかじゃない

ヨガのクラスでよくお伝えしているのが、「一番、大切なマントラを唱えましょう。それは、I LOVE YOU. 愛してるよ、私はあなたが大好きだよ、と自分に言い聴かせるマントラです。それでいいんだよ、そのままでいいんだよ。そう自分の心と体にいってあげて、くつろぎましょう」ということ。

生まれてから死ぬまで、一番自分の近くにいる存在は自分自身です。だから自分が自分を一番理解し、認め、許し、愛し、良い関係を築いていったほうがいいに決まっている。もっとまるごと自分を受け入れて、自分に素直にいていい。誰がどんな風に言おうと考えようと、自分は自分の生き方に誇りを持ってやっていくんだっていう風に思えるのがいい。他人と比べる時間があったら、自分にフォーカス。それをすることで、生き方が整ってきて、自分が整うと、家族が職場が地域が会社が国が世界が整う!自分自身を生きる人が増えると、世界がよくなる!平和になる!と思うのです。だから、自分自身を生きていないのは、世界に対する暴力だ、とも言えなくないですか。

もっと生き生きと自分を感じたい
ストレスを感じる、または生ぬるい平凡な生き方ではなく、もっとみずみずしく、自分を生きたい
自分を知りたい
私の使命、生まれてきた意味を探し、それにそって生きたい
そのためにも
時間にも心にもゆとりのある生活をしたい
自分と恋愛したい
自分にくつろぎたい
自分自身の中に平和を見つけたい

こういう一番、奥底にある心の声を大切にしていきましょう。そしてそれはやっていくと、なーんだ、何かを付け加えるとかではなくて、究極的に「今ここをよしとする」そのままの自分を受け止めるというだけなのだな、とわかるのです。瞑想が、何かを達成する手段ではなくて、瞑想そのものが目的でもあるのと同じです。

そして誰しもいちば〜ん、くつろげているところで、それぞれが所有するパワーや使命が輝き始めます。何にも押さえつけられていず、見守られて、愛されて本領発揮!という感じ。そこには防衛的になったり、攻撃的になったり、恥らったり、自分を小さく思ったりするような閉じた心はありません。みんながつながりあって、支え合って、愛と思いやりにあふれている世界が見えてきます。

私が開催しているオンライン講座では、それぞれの本音を出し合い、聴き合い、評価や批判やアドバイスを一切加えず、「今ここ」の自分やほかの人を受け入れる実践と学びをしています。ほんとそれだけなのに、毎週、この時間を楽しみにしています!とおっしゃったり、涙を流す人もたくさんいらっしゃる。前回の講座に参加した方から、こんなコメントを頂いたので掲載しておきます。そのまんまの自分でいられる場所。そんな場所を信じて、これからも作っていきたいし、それを社会全体に広げていきたい。6月にコスタリカで開催するimakoko retreatもそんな場所です。そんな場所や意識がもっと広がったら、さらに多くの人が「自分がかけがえのない存在だ」と思い出して、そのパワーを充分に発揮するから、幸せで平和な世界になると思う!

震災から7年たった今、平和国家コスタリカで馬とともにある生活を過ごしながら、じんわり幸せをかみしめるとともに、さらに「今ここの自分」をまるごとそのまま受け入れていきたい、そういう人が増えていったらいいな、そのために献身的な仕事(志事)を続けていきたいと思うのです。今のところは、コーチングや、オンライン講座、リトリートなどで、出愛ましょう!


いろんな思いでいっぱいでまだまとまりません。

ただ、分かることは
ただただ涙が溢れるのです。

わたしは自分の居場所、
いのちが活かされる場を
在り方を見つけたように思います。

恐れを恐れることなく、
愛することのギフトと思って
NVCを使って
起こる出来事や人と向き合い、
自分の気持ちに寄り添い、
チャレンジしていく毎日に
本当の人生の豊かさがあると
今は信じています。

ありのままのわたしで
みんなの中に居ていいんだ。
巣に帰った気がしています。

本当にありがとうございます。

 

 コスタリカの合言葉は、Pura Vida! 心をやわらかく丸くして、今ここを生きよう!というようなニュアンスです。

コスタリカの合言葉は、Pura Vida! 心をやわらかく丸くして、今ここを生きよう!というようなニュアンスです。