Posts in Travel - 旅
Panya & Pun Pun in Chiang Mai, Thailand

自然と共生した暮らしをしているコミュニティーということで チェンマイでお世話になってるヌッチャン&三保子ファミリーと 行ってきました、Panya(パンニャ)とPun Pun(パンパン)。 美しい田舎町を奥へ奥へ進んで行くと、ジャングルの中にありました。 こちらはPanyaのラウンジ&ダイニング。 全ては豊かな森と、溶け込んでいます。 1年以上、ここに滞在している日本人のミズキさんと遭遇し、 早速ご案内頂きました。こちらはコンポストトイレ。 ここでは全てが無駄なく循環しています。 パーマカルチャーを学ぶコースなども開催されていて、 この日は世界中から来た人たちが、 理にかなった生活のデザインを勉強中でした。 かぼちゃ、いんげん、トマト、さつまいも、にんじん、にんにく、バジル、、、 みずきさんは、畑も詳しく、コミュニティー形成やアーユルベーダなども専門で たっぷりいろいろ教えて頂きました。 堆肥の制作。かわいた葉っぱ、牛分、緑の葉っぱなどを重ね合わせ 混ぜ合わせ、18日で立派な堆肥の出来上がり。 お米も炊けちゃうソーラー炊飯器。 ソーラーも活用してるけど、電気はきてるそうです。 橋を渡って、ニワトリ小屋へ。残飯を食べてくれます。 家は全て自然素材で。砂、わら、粘土質の土。それにタピオカなどを混ぜて。 みんなで作ります。 デザインもいちいちオシャレ。色も鉄分など、自然塗料で。 ロングターム(長期滞在、最大10人)、 ミドルターム(数ヶ月のステイ、10人ぐらい)、 ショートターム(二週間、一週間6000円ほど)で、 常時30人ぐらいが生活してるそう。 料理、お掃除、お鍋洗い、それにメタと呼ぶこっそり何か楽しいはからいをする という四つの当番をもうけて、みんなで助け合い、分かち合いながらの生活。 すごーく面白いのは、このコミュニティーは、リーダーがいないこと。 しきっている人は誰もいないんです。 長期滞在者を中心に、みんなでその都度、相談しながら何でも決めて行く 自治がしっかりある。とても開放的な空気が流れてました。 それぞれがそれぞれのバランスで心地よーく生活しています。 キッチンはこんな感じ。 お食事もとーってもヘルシーで美味しかった。 こちらは四段階でお皿を洗う場所。 保存食やらお酒やら、何でもみんなで作ります。 種を保存することも、大事な仕事の一つ。 敷地内には、大好きなマンゴー!もともとマンゴー畑だったところだそうです。 ほかにもパイナップル、いちじく、コーヒー、バナナなど。パラダイス! そしてすぐ隣にあるのが、Pun Pun。 もともとはJon Jandaiさんというタイ人がここで自然素材の家作りを始め、 10年ほど前にアメリカ人のクリスチャンが合流し、Panyaを妄想&制作。 Panyaはパーマカルチャーを、 PunPunは自然素材の建築を広めるという、ゆるやかな役割があります。 PunPunには素敵なカフェも! 子どもがいるファミリーも滞在していて、ホームスクーリングもあり。 今回の滞在は、一日だけだったけど、百聞は一見にしかず。 またビジットしたい、住んでみたい、学んでみたい、 関わって行きたい場所でした。

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ラオス北部、Nong Kiaw & Luang Namtha

Luang Prabangからラオス北部、Nong Kiaw村までは 一日がかりのボート・トリップ。 9時間ぐらいかかったのに、全く飽きません。 翌日はジャングルに出かけ、さらに奥地へ。 フツーに小水力発電してます。 秘境のアメージングな滝! ラオスは本当に水が豊富。 いたる所で、いろんな動物に遭遇。 この日は、モン族の村にステイしました。 2週間前に電気がきた村。とても平和でした。 共有の水汲み場、いいなぁ。 ここでシャワーから皿洗いから全部やる、コミュニケーションの場。 かなりオープン! 街から物売りが来てました。 Luang Namtha でもほうぼうお散歩。 この辺りでは10年前まで、道にゾウが歩いていたそうです。 あと10年すると、ここはどう変わっているのかな?

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Pee Mai Lao, Happy New Year!

国によって新年のお祝いは様々で、 どこでも文化を色濃く感じる大切な節目。 ラオスでは、街中で水をかけあってお祝い! この水かけ祭り、想像を絶する楽しさでした。経験するべし! ラオス人のノリの良さにも脱帽! 4月13日、タイやカンボジアでも同じようにお祝いするようです。 旧年のもろもろをすっきり浄化させる、という意味があるとか。

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Going my way

思えば、ちょうど一年前。わたしは石巻にむかっていました。 J-WAVEの仲間や伊勢谷友介くんや流通会社ウインローダーのみなさんとともに、 たくさんの物資を届けに・・・。 そして一年経った今日。わたしは世界放浪に旅立ちます。 311のあとの世界。国全体の価値観がリセットされてしまった今、 わたしなりの責任のとりかた、というか、次の生き方の模索です。 愛する「地元」、鎌倉を離れたのが2011年3月14日。 それから西日本を点々とし、香川ではたくさんのご縁にめぐまれ、 福島のファミリーと一緒に暮らす「おいでハウス」を開いたり、 子育てママ仲間と「のんたん幼稚園」をやってみたり。 あぁー本当に楽しかったなぁ。 親も子も、これからもずっとつき合っていきたい家族同然の仲間に出会い 大切なことをたくさん学ばせて頂きました。 そして日本の田舎が大好きになりました。 いつでもすぐに帰ってきたい場所が、また一つできました。 ↑ くにちゃん&まさ撮影 でも最初からしばらく海外に拠点を移すことは決めていて 娘とパパはすでに1ヶ月半前からタイでスタンバイ中。 放射能のことは引き金ではあるけれど、それだけじゃなくて どんどん小さくなる世界で生きて行くために 日本にこだわって住まなくてもいいだろうと。 逆に、海外に行けばいいってもんじゃないけど、 これからはもっと軽やかにいろんな文化や人たちと触れ合いながら、 どこにいても地球の美しさを感じながら、しなやかに逞しく生きていきたい。 娘にもそういう力を持って欲しい。なんせ名前がテラ(地球)だからね。 行き先はあまり決めていなくて、とりあえずタイへ。 そこからラオスにいって、アジアの生活を感じたり、 そこに住んで家や学校を作る可能性を探ったり。 そのあとカナダに行ってみようか・・・など。 娘が英語できるようになったら、帰って来ようかな。 旅しながらフィーリングで決めようと思ってます。 自由に、大胆に、ご縁を大切に、心が導かれるままに。 一瞬一瞬、生きていることを大切に。 毎週日曜日のJ-WAVE LOHAS SUNDAYでご一緒できなくなるのは残念だけど (311がなかったから、、、と思うと無念で仕方ないけど) 別れがあってこそ、新しい出会いがあるから。 ゲストのみなさん、素晴らしいメッセージを届けて下さり感謝です。 リスナーのみなさん、これからもつながっていて下さい。 ↑尊敬するスタッフとともに最後の一枚。本当にありがとうございました! xChangeは続いていきます。 どこにいてもシェアのスピリットは同じですからねぇ〜! 日本では仲間が広めてくれるし、私もネットでいろいろ関わっていきます。 4月21日、22日にはJ-WAVE xChange@Earth Day Tokyo 2012が 代々木公園で行なわれますよ! 書くお仕事は二つ。 「クーヨン」というクレヨンハウス発のオーガニック育児雑誌にて 今、店頭に並んでいる4月号から連載が始まってます。 タイトルは「旅するママの地球で子育て」。 [...]

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香川「おいでプロジェクト」終了、そしてこれから

おかげさまで8月は、香川県の「おいでハウス」にて、福島のお母さんと子供たちと、楽しい有意義な夏休みとなりました! 福島の母子たちを呼び寄せ、香川県で過ごす「おいでプロジェクト」。84人のパトロンの方たちに総額84万1080円をご支援いただき、支援家族も3家族から5家族(うち東京家族が1家族)に増やすことができ、合せて10人の子供たちに少しでも放射能から遠ざかって過ごしてもらうことが出来ました。パトロンの方々、そしていろいろなご支援を頂いた方々、心より感謝申し上げます!以下、簡単なご報告です。 元はと言えば、私たち自身が311以降の「疎開組、そして移住組」。慣れ親しんだ鎌倉での生活に泣く泣くピリオドを打ち、西日本でどこに行こうか、、、とフラフラし、もうこうなったら子連れノマド人生だぁ!と思っていた時にたまたまtwitter上でつながったのが、峯俊いづみさん。理容師兼ヨガの先生。「うちで良ければ、使って下さい」と、いづみさんのご実家で空き家になっていた、香川県まんのう町の大きなお家を借りることに。このさとってしまったようなおねーさまとの出会いから全てが始まったのでした、、、出会いってほんとミラクルです。 ちょうど「夏休みの福島の子供たちが心配、、、」と思っていた所だったので、ここをプロジェクトで使わせて頂くことに。至急、冷蔵庫をセッティングしたり、掃除したり、車を調達したりなどなどの準備を二週間ほど。福島の家族は、大学時代からの友人の山岸清之進の同級生につないでもらった家族が3家族、そして支援金も増え、twitter上でつながった家族が1家族。プラス東京葛飾区から避難してきていた親子1家族。電車をのりついで来てくれて、みんなが「おいでハウス」に集いました。全てがご縁に任せ、導かれる旅&人生なのです。 わたしはいつも通り、エイッ!と企画を立ち上げてワーッと盛り上げただけで、あとは自然発生的にみなさんのパワーで、貴重な濃密な一ヶ月の「おいでプロジェクト」にすることが出来ました。本当にたまたまが重なって、実現されたこのプロジェクト。パトロンの方々の支援はもちろんのこと、リバースプロジェクトの関根優作くんや伊勢谷友介くん、家を提供して下さったいづみさん、宿坊を開放して下さりお友達を紹介して下さった善通寺の文榮さん、三好ルナティカナパ家族、辰巳ファミリー、森っち、たなちゃん、まんのう町役場の朝倉さんはじめみなさま、ご近所の方々や町の方々、そのほかいろいろな支援をして下った香川の方々、管理人をしてくれたイエローくん(彼はこんなネット記事も書いたよ)、免疫力アップレシピを作ってくれた天野ともこさん 、清之進(彼もフクシマでイベントをやったり、NHKのETV特集を制作したりと、精力的に活動中 ) 、そして遠いところ思い切ってやってきた福島ファミリーのみなさま!などなど。ほんとーーにつながりこそ宝物!パワーだ!と感じた一ヶ月でした。 いやぁーインターネットの威力はすごいね。今回は、CAMPFIREとtwitterに本当に助けられた。もう本当に一人一人の意識と行動力でなんとでもなってしまう時代!と痛感しました。 子供たちは最初、本当に水を得た魚とはこのことか、というぐらい、思いっきり外遊びを楽しみました。毎日、プールで遊んだり、 虫取り、田んぼの散策したり、 どろんこ遊びしたり、 近くの公園で遊んだり。 子どもらしいはつらつとした笑顔と元気にあふれていました。それもそのはず、、、4ヶ月以上、家の中にこもり、外に出るときはびくびくしていた子供たち。当たり前のことが当たり前に出来ずに、知らず知らずのうちにストレスを抱えていた子どもも多いと思います。彼らがのびのび遊んでいる眩しい姿を見るだけで、小さな規模で、全てが手探りだったけれど、このプロジェクトをやって、本当に良かったと思いました。子どもは、本当に一人一人がかけがえのない光。誰の子どもとか関係なく、みんなで育てる。生活している間に愛情も育まれ、本当に子供たちが愛おしくなりました。 と同時に、なんでこんなことになってしまったんだ!という憤りもずっと感じていました。「どこで暮らして行くにせよ、これからどんな心構えで暮らしたらいいか」「原発のことにどう向き合って行くか」という根っこの問題は常に暗い雲のように、毎日の生活に覆いかかっていたけれど、毎日の子どもの世話や炊事に追われて、なかなかゆっくりお母さんたちと突っ込んだ話ができなかったのは残念でした。それでも川俣町から来たゆっこちゃんは、7歳の長女を通わせている学校の給食に対して、産地基準を設ける申し入れをするアクションをしたり、子供たちが持たされている「ガラスバッチ」(っていうのかな?)について教えてくれたり、、、。(こんなものを3ヶ月、首からぶらさげて、その後、線量などの検査にまわされるという、ほとんどモルモットだよ子供たち、、、) どこにいても子供たちにとって最善のことをしようと頑張っているのは、どの親も同じ。福島にいる人ほどリスクを重く受け止めている、というわけではなかったけれど、お母さんたちはみんな出来るだけのことはしたいと、それぞれが頑張っています。 ケンカもたーくさんしながら、子供たちはみるみるうちに仲良くなり、最後は本当に一つの大きな家族のようでした。特にうちの子は一人っ子なので、一気に兄弟がたくさん出来た感じ。もまれながらも、楽しみ、その中で人との関わりを学び、大きく成長したようでした。 それは子どもも大人も同じ。いきなり見ず知らずの人たちが(同級生もいたけれど)、一つ屋根の下に暮らし、共同生活を始める。バックグランドも価値観も趣味も仕事も全く違う人同士。でもみんな気遣い合い、助け合い、笑い合い、話し合い。わたしたちも含めて、それだけの大人数での共同生活にみんな慣れていないこともあり、もっとこういうルールを設けた方が良かった(例えば、炊事や洗濯当番を作るとか、子供たちにもお手伝い当番を日替わりで任命するなど)などの反省もあったけれど、みんな気持ちの良い人たちばかりで、なんかもうこのままここで、パパも来て農業でもやって(?!)、みんなで生活したいなぁーとまで思ってしまいましたよ。 なんかこういう突発的な「新しい家族」というか人のつながりをいかに信頼して、身をゆだねて、思い切って飛び込んでいけるか、生活をシフトしていけるかかどうか。それが311以降、誰もがしなやかに生き抜いて行くために必要な覚悟というか、受け入れざるを得ない変化だと思いました。とにかく「共同生活」っていうことが、今回のプロジェクトの大きな裏テーマだったと思う。「大きな家族として、

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鎌倉とどけ隊、宮城県行き報告(第一弾)

水曜日の夜から、宮城県で炊き出しをしてきました。たった2日間の滞在だったけど、鎌倉の仲間とともに濃厚な体験をしてきました。麻心のしんじと「行こう!」と決めたのが、6日ほど前。地元のつながりやツイッターの仲間たちに呼びかけると、2日×200食の炊き出し分に必要な食材や調理道具が、いっせいに集まりました。それをソンベ・カフェにて一日かけて仕込み。ココモの方たちは、トマトソースを提供してくれました。 伊豆のゆきちゃんや、臨月のゆりちゃんは、手作りクッキーを作って託してくれました。 車両許可証も無事とれ、居残り組に送り出されて、みんなの心とともにいざ出発!総勢20人の旅が始まったのでした。 半分以上は今回はじめて会うメンバー。車の中では原発のことや未来の暮らしのことなど、、、いろいろ話しながら、東北自動車道の菅生(すおう)パーキングエリアまで、田原ようちゃんのパワードライビング。(この人には、今回ほんとに運転おせわになりました)ここで石川県から来ていたまこと君と出会い、一緒に行くことに!旅は何が起こるのか、ほんと分かりません。道路やガソリン事情、2週間前に行った時よりも格段と良くなっていました。 朝ついて、まず向かったのは、石巻市の明友館。リーダーの千葉さんに、「北上町十三浜大指(おおざし)の生活改善センター」という場所を教えてもらいました。受け入れ先をしっかりしていないと、混乱のもとになってしまうので、炊き出しをする際には、必ず現地のコンタクト先、ボランティアセンターや役場などに確認していく必要があります。 石巻市内から大指(おおざし)への道。川沿い、そして海沿いをおよそ2時間。 目の前に広がる光景、、、それはそれは凄まじかったです。 家という家は全て根こそぎ倒され、家財道具はあとかたもなく、4階だての学校らしき建物も、上のほうまで崩れかけています。川には牛がういています。車がそこらじゅうに転がっています。道は至るところで分担され、自衛隊が応急処置した道を、車5台でゆっくり進んで、到着。 今回は、千葉のようじさんが、トラックで水も持参です。 到着した大指は、170人が暮らす小さな漁村。水や電気は復旧しておらず(電気は、夕方5:30〜8:30のみ、特設電源で供給)、完全復旧までは数ヶ月かかるとも言われています。早速、地域の拠点にて、パスタ、生サラダ、ご飯、スープなど豪華メニューの炊き出し開始。自衛隊や民間から物資は届くものの、あたたかい食べ物の炊き出しは大変ありがたい、とみなさん本当に喜んで下さった様子でしたよ。手作りクッキーもしっかり手渡ししました。 ご飯が住んだ後、地元の方が、この地域を案内して下さいました。30世帯のうち、12世帯が津波にやられて全壊。行方が分からなくなっているのが、お一人。そしてほぼ全世帯が生計をたてていた漁業(ほたて、わかめ、かきなど)が壊滅しました。「津波だけだったら、もう一回がんばっぺって思えるけど、原発の被害がなぁ、、、ほんと余計やわ」と話していらっしゃいました。 生活自体は、物資も届き、3日に一度はお風呂に行けるというレベルにまで回復していました。写真は、自衛隊がディーゼル電源を持ち込んでいる様子。自衛隊は大活躍ですね。ただやはり長期的に考えて、家、、、仕事、、、少し先のことを考えるとまだ何も決まっておらず、新しい生活に向かって歩み始められないのが現状のようです。 しびれKINGが歌ったら、女の子たちがもうそれはそれは笑顔!やっぱり歌はいいね。 鎌倉とどけ隊長のしんじと、ここ大指地区リーダーの阿部くん。こういう若いリーダーが、どこの地区でも指揮をとっています。頑張って欲しい!応援し続けたい!しんじは「またBBQやりに来るから」と約束していました。 続いて向かったのは、仙台市でミーティングしていた「仙台とどけ隊」の事務所。このチームは若手実業家が集まってできた災害復興支援団です。とどけ隊(救援配給チーム)、いやし隊(治療家チーム)、もてなし隊(炊き出し配給チーム)、あらい隊(風呂シャワー設置チーム)、しらべ隊(被災地情報収集チーム)、きれいにし隊(理美容チーム)、しわけ隊(支援物資管理チーム)、まとめ隊(事務局総務チーム)、ささえ隊(縁の下の力持ちチーム)と言ったチームに分かれて、それぞれの活動をしています。写真はリーダーの濱口りゅうへいさん。本業はプリン屋さんですが、震災後は地元のために何かしたいと、毎日走り回ってみんなをまとめています。 もてなし隊のリーダー、豊さんに、明日は「陸前高田のうたつ」という場所で炊き出しお願いします、と場所を教えて頂きました。 仙台とどけ隊が提供して下さった2Fの部屋に戻って、明日のために寝よう、さぁ、明日も頑張ろう!、、、と思った矢先、、、午後11時32分。地震です。これまで経験したことのないほどの強い激しい揺れ。さすがに本当に怖かった。建物が崩れてペチャンコになるんじゃないか、という恐怖でした。30秒ぐらいだったかな。私たちがいた仙台市の場所が一番揺れが激しい場所だったそうで、でも停電はしなかった。一階の倉庫に積まれていて物資は総崩れ。 というわけで、翌日は、予定を変更して、まずは物資が入った段ボールの整理で午前中を費やしました。 午後、予定を変更して向かったのは、仙台とどけ隊の多賀さんが紹介して下さった、名取市植松の館腰(たてこし)小学校。仙台空港のすぐ近くです。閖上(ゆりあげ)という壊滅した地域の方たちおよそ200人が避難していました。 大島料理隊長が早速、仕込みを開始。手際よく4、5品作っていきます。 今日は中華丼! ここの避難所は街の中心部に近いこともあり、自衛隊が朝晩と炊き出ししてくれています。でもレトルトだったりミニマムの食事なので、「今日は豪華だわ!」「ありがとね」「ごちそうさま」と、たいそう喜んで下さいました。デザートのお汁粉も大人気!みなさん使っていらっしゃるお皿が、発泡スチロールだったのが痛々しかったです、、、 ご飯の最後のほうではなんと、歌のプレゼントをさせて頂きました!最初から最後まで手拍子頂いたりして、、、「一時でも、いろいろ忘られて良かった」と楽しんで頂けたようでした。閖上地区は、人口7000人のうち2000人が津波に持って行かれたと、、、歌を聴きながら、涙ぐむ姿も見られて、こちらももらい泣きしてしまいました。 まだまだ仮設住宅にいつ入れるかも分からない、、、という状況のみなさんに被災者鎌倉ホームステイの話もしたのだけれど、やはりこの場所を離れたくない、という思いが強いようです。 でも「いつでもまた帰って来てね」「本当に美味しいご飯をありがとう」と言ってい ただけて、こんなことしか出来ないけれど少しでもみなさんの健康と笑顔につながって本当に行って良かったと思い、最後はなんだか涙が止まらなくなって、鎌倉に帰ってきたのでした。被災者の方がた、強い。本当に強い。でも胸のうちに秘められた悲しみの塊は相当のものだと思う。そっとそれを支えてあげられることが出来るのであれば、と思い、遠くからでもいつも自分の精一杯をこれからも続けたいと思っています。 今回いろいろよかったこと: ▼できますゼッケン 阪神淡路大震災の時の教訓から生まれた「できますゼッケン」というアイデア。「紙だと雨に濡れちゃうから布で」と、晃平がカーテンをさいて作ってくれたゼッケンが役にたちました。今回は小さな炊き出し部隊で行ったけれど、もっと大きな部隊の場合は特におすすめでは。私は子ども達に「ここちゃん」と名前を覚えてもらったのが嬉しかったです。 ▼歌や心やマッサージのお届け 美味しい栄養のあるご飯はもちろんのこと、歌を届けること、マッサージをしてあげること、ちょっとした話し相手になって差し上げること。こういった心身のケアや交流が、すごーく求められていると感じました。そういったことを押し付けがましくなく何気な〜く出来るメンバーがたくさんいた最強チームでした。 ▼地震を経験したこと 0311以来の大余震。腰がぬけるかと思ったけれど、あれを体感したことで、どんなに自然災害が怖いか、少し理解できたと思います。人間にはなす術もない状況ってあるんですね。ただ立ち尽くししかない。人間の無力さを思い知りました。 そして今回、何よりも良かったことは、鎌倉の地元の仲間たちと協力してこのプロジェクトを始められたこと。現地に行ったメンバーと同じ光景を見て、地震を感じて、過酷な行程を1人残らず全力で成し遂げたこと。行く前に「災害ユートピア」という本をパラパラとめくっていたのでより強く感じたのかもしれないけれど、こういう有事には、今まであった秩序がことごとくこわれることで、逆に人間らしい「つながり」を求める本能や助け合いの精神がわき上がり、それは地獄の中の天国とも言われるほど、人間くさい社会、一種のユートピアが形成される。お金や秩序が元に戻って来た時に、それをどう継続していけるのかが、私たちのチャレンジです。最後は涙、握手、はぐのお別れでしたが、終わりがまた始まり、と思いました。 しんじ、大島さん、田原ようちゃん、山田のぶなり、こうへい、宮部くん、オペラ歌手けいご、天谷さん、しんじさん、ダルマ、つよし君、おさむ、大石さん、大内さん、ジャワ、ルイス、れいこちゃん、しびれ、たかし、石川のまことくん。誰がしきるでもなく、みんながその時々に臨機応変に精一杯行動し、結束力と信頼関係のある素晴らしいチームでした。ありがとう&これからもよろしく! そして具材や準備品や仕込みのための時間やエネルギーをいろいろ提供して下さったみなさん。鎌倉市民フォーラム(上野さん、川瀬さん、阿部さん他みなさま)ぶんちゃん、あゆちゃん、たいきくん、野田さん、かなえちゃん、しびれ、宇治さん、長嶋さん、すずまゆ、ゆりちゃん、ぎぎまき、kicksひでさん、永久顕治さん、伊豆のゆきちゃん、ココモ、アジア商会、かままん、宮部くんのお父さん、ひな&Happy go luckyチーム、佐助ストアー、たかいく農園さん、グリーンTV水野さん、まきちゃん、野田さん、PIKALE、、まだまだ書ききれないのですが、みなさん。今回は本当にありがとうございました。一つの小さくて大きなチームとして、また鎌倉で、被災地で、未来につながる街作りをこれからもしていきましょう。 第二弾は来週火曜日夜に出発〜金曜日朝に戻り予定。ソンベ・カフェの宇治さんが隊長となります。ドライバーや人手(できれば男子)、まだまだ募集していますので、行きたい方は、直接こちらまで。0467-61-2055。引き続き具材の提供もよろしくお願いします!送り先は、〒248-0016 鎌倉市長谷2-8-11 麻心(まごころ)0467-25-1414です。 私は取り急ぎ任務終了で、ひとまず来週は阿蘇に向かいます。被災地に行かなくとも、中長期的な支援を考え、実行していきます。鎌倉とどけ隊第一弾任務終了ということで、お疲れさまでした&ありがとうございました!!!

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被災地、仙台市石巻に行ってきました

3月11日から、それぞれの方が、それぞれの場所で、ドラマチックな旅を続けていることかと思います。私は数日間は、原発の恐怖で思考停止。家族とともに名古屋、そして大阪へと逃げました。5日目からは「自分や家族の先々もそうだが、被災地の今だ!」と思い、家族を疎開させたまま鎌倉/東京に戻って来て、とりつかれたように救援物資収集とお届けプロジェクトをやっています。 おかげさまでガンガン物資は集まっていて、連日、東村山の倉庫で50名ほどのボランティアさんが仕分け作業に励んでくれ、物流会社ウインローダーさんが毎日4トン/10トントラックで届けてくれているのですが、(プロジェクトはリアルタイムにこちらでチェック)昨日は、私も現地に動向してきました。もういろいろやることがありすぎてゆっくり書けないのですが、簡単なレポートはこちらに書いてみました。。。 とにかく悲惨な状況。地球上の地獄としか言いようがない、、、2週間たってもまだ復旧作業は追いつかず(なにしろ今回は、沿岸300キロが壊滅してしまいました、、、)、水や電気が復旧していない所もまだ多いです。命を取り留めた方も、ギリギリの所で生活されています。行った地区によっては、亡霊が漂っているような所もありました。 その中でもなんとかなんとか希望を持って町をもう一度復興しようと、不眠不休で頑張っている人たちがいます。人間の底力って本当にすごい!私たちが送っている物資は、そういう方たちとともに、必要な人たちの手にしっかりと渡っていました。本当に良かった! でもまだまだ足りないもの、たくさんあります。特に、すぐ食べられる食料、味噌、塩、醤油、調理用品、新品の下着や靴下、ロウソク、乾電池、生理用ナプキンなど。是非みなさん引き続き、物資送り続けて下さい。注意事項を良く読んで。この未曾有の災害、なんとかみんなで乗り切って行かなければ。よろしくお願いします! 避難所となっている「明友館」の千葉リーダーと、糸数さん。この人たちには元気もらったわー。ほんま、すごい。「ばっちりやっていきますので!!!」俳優の伊勢谷友介さんも今回は協力なパートナー。思い一つにしてやってます。 どっと疲れた一日だったけど、帰りがけに、株式会社ファミリアの仙台市内事務所に立ち寄り、島田昌幸さんから、将来のエコビレッジ構想の話も共有してもらいました。まさに。エネルギー、暮らし方、住まい方、経済のあり方、教育、自治の仕方、人とのつながり方、、、、全部ぜんぶデザインし直して行く時。それを復興の地だからこそ、ここからやっていこう。時代はシフトしていきます。 ウインローダー石村さん、リバースプロジェクトの伊勢谷くんと亀石さん、J-WAVE久保野さん、ツイッターでつながった初対面の関根くん。今日見て感じたことをみんなでしっかりと乗り越えていくために、また新たなつながりとアツい思いを胸に、これからもやっていきましょう。そしてこれを読んで下さっている方も思い一つで。誰も欠けることなく、自然と調和した、原発を卒業した新たな世界を作って行くために、今日という日を精一杯生きましょう。 PEACEBOATも、石巻で活動しています。頑張っています。どうかみなさん、日常を取り戻して安心して暮らすのも大事だと思う。でも被災地に思いをしっかりむけて行きましょう。まだまだ困ってる人たちがたくさんいます。物資も必要、各種ボランティアも必要。情報もどんどんあります。今こそ、私たちの人間力が試されています。そして現場に行かなくても、今ココで新しい日常をみんなで作って行きましょう。 なんかアツくてまとまりなくてすみません!twitterで適宜つぶやいてますので、良かったら是非フォローを!私も、まだまだ旅はここから続いて行きます。被災地とつながりながら、家族つれて、次は高知です。

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I FOUND ANOTHER PARADISE

今回のオーストラリアの旅は、東海外の真ん中ほどにある バイロン・ベイ(とその付近のマランビンビー) そして内陸に1時間半ほど行ったニンビンという街を拠点にしていました。 バイロン・ベイは、海沿いのコンパクトな若者の街。 サーフィンやビーチホッピングを楽しむのもよし、 街中のオーガニックショップをそぞろ歩きするもよし。 (スーパーマーケットのFundamentals) ナチュラルレメディーがいろいろ。 プロポリス、ティーツリー、カレンジュラなどなど。嬉しすぎる。 Sustainable fishの缶詰!これで700円ぐらい。ピクニックに最適。 カルダモン・ポッドは、美味しいベジタリアン料理が食べられます。 ここは良く通ったなあぁー。「迷っちゃうよー!」と広美ちゃん。 Groovenは、ヘンプ&ナチュラル素材の洋服屋さん。 オルタナティブ音楽のCDも販売。良いエネルギーが満ちあふれているお店です。 日本人のナナちゃんがやってます。子育て中の一児のママ。 泊めてくれてありがとう!!! 旦那さんの誠くんは、ヘンププラスチックの会社で勤務。エキサイティング! 毎週木曜日の朝に開かれるファーマーズ・マーケットに繰り出すも良し。 近年観光客が増え、土地の値段もあがり、経営できなくなって撤退した ベジタリアンレストランも数件あるとか。 一番レイドバックで良かったピークは過ぎてしまい、今はフツーの 観光都市に変わって行ってしまうという危惧もなきにしもあらずだけれど それでもバイロンには、とことんオープンマインドで人生を楽しもう! という空気感が満ちあふれています。 ここに住む日本人も多くいて、みなさんそれぞれ仕事もしつつ 永住権もゲットしたりゲットしようとしたりしながら の〜んびりとしたストレスフリーのライフスタイルを楽しんでるようでした。 そしてバイロンから山のほうへ車を走らせること一時間半。 ニンビンは、噂には聞いていたものの、行ってみてびっくり! 街中はこれでもかというぐらいの、カラフルなヒッピー色。 1973年に行なわれたアクエリアス・フェスティバル(オーストラリア版WOODSTOCK)にはオーストラリア中の学生やカウンターカルチャーに傾倒していた人たちが1万人も集まり、この場所を気に入ってしまった人たちが居着いて、今の街の原型が出来たとか。 当時、フェスの会場になった場所には、今はレインボー・パワー・カンパニーという会社がありました。太陽光、風、水を利用した家庭エネルギー・システムの設計会社で、最近はコンポストトイレの普及にも力を入れています。社長のピーターも、当時から居着いた組。この会社はこの界隈では一番の雇用主でもあり、訪れた時は地元議員さんと打ち合せ中でした。 マリファナの合法化のための様々な情報を提供しているのも、この街のユニークさ。シドニー、グレートバリアリーフに次いで観光客をひきつけているので、国も派手な活動をおおめに見ているのだとか。街中には、ヘンプバー、ヘンプ大使館、ヘンプ博物館があって、とにかくオルタナティブな自由な雰囲気が満載! そして何と言っても周りの豊かな熱帯雨林や滝、どこまでも広がる牧草地。 これがニンビンの最大の魅力。気候もトロピカルだから、植物の成長も早く パーマカルチャーを実践する人がとても多い場所としても有名です。 去年ハワイ島をビジットした時も、自然と共生したオルタナティブ・リビングを実践する人たちや大自然に刺激を受けたのだけど、バイロンやニンビン付近で受けた印象は「パラダイスはここにもあったのか!」ということ。豊かな自然と、未来型の暮らしを切り開こうとしている実業家、ミュージシャン、様々なクリエーターなどなど。とてもケアリングでフレンドリーで余裕があって、人間味にあふれていました。 オーストラリアはヨーロッパやアジアに比べて国の歴史が浅く、文化的にはあまり魅力がない…と思って今まで足が遠のいていたのだけど、旅先で出会ったオージーが言ってたっけ。「だからこそ過去にとらわれずに、新しいことが何でも自由に出来る地なんだよ」 その通りだと思いました。オーストラリアでいつも感じていたオープンさ、自由さ、開放感、何でも受け入れる寛容性。これは歴史と広大なスペースが生み出した、独特の国民性ですね。私の好きなテイストからすると、少しお気楽極楽過ぎる所がなきにしもあらずだけれども、夏は鎌倉、冬はオーストラリアにエスケープ。なんていう極楽な生活もいいなぁ〜なんて、あらたなパラダイスを発見した気分です。 いやぁ世界は広く、美しい場所がいっぱいですね。 同じ開かれたマインドの人たちもいっぱい。 こうやって旅して、今この時、この場所を感じて、 同胞とつながることが出来て、心から感謝です。 やっぱり旅は素晴らしいですね。

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馬とともにあるアンニャの生活

満点の星空を眺めながら、波の音で眠りにつき やわらかに差し込む朝日と無数の鳥の声で目覚め オーストラリアのワイルドライフを満喫しています。 ワイルドライフを実践している友達を訪問しよう!ということで 環境活動家のアンニャ・ライトさんの家に遊びに行ってきました。 どしゃぶりの雨の中、夜道を南に走ること2時間…. Iluka(アイルカ)という東海岸沿いの小さな街に到着です。 朝、目覚めると….馬のオリーがお出迎えしてくれました! 馬も放し飼い、うさぎも放し飼い。 何の問題もなく、広大な土地にみんなが仲良く暮らしています。 数年前、二人の子どもを連れてエクアドルからここに移り住んだアンニャ。 「ここには豊かな森と海がある。自然と密接したワイルドな暮らしなの。 バイロンやニンビンなどの街は私には賑やかすぎるわ。」 家も全てセルフビルド!80%以上を廃材でまかなっています。 総予算は、たった200万円ほど。「お金をそんなにかけなくても、自然と 共生した魅力的な暮らしが出来るって証明したいの。 池を作ったり、瞑想ルームを作ったり、まだやりたいことはいっぱいあるわ!」 オリーは家の中にも入ってきます! 「馬の糞を拾うのは、私にとってメディテーション。馬の臭いも大好き。 小さいころから馬の香水を作りたいと思っていたぐらい」とアンニャ! それに馬を飼っていると、生い茂る草を食べてくれる。周りの家なんかは 草借り機を使っているけど、まるで非効率ね」 電力は、太陽光発電。「一日4kw/h。冷蔵庫も小さくしたし、これで充分よ」 ご自慢のコンポストトイレは、ほぼ臭いなし。 半年に一度ほど乾いた糞尿を集め、木の下に埋める。 これで立派な肥料の出来上がり。 生活排水も敷地内で処理します。汚水は炭で浄化させた後、そのままタンクへ。 ここから水をひいて、バナナ・サークルを作ります。 「美味しいバナナが育つのよ!」 子どものパチャとヤニを小学校に送りにいく途中で遭遇した、野性のカンガルーの群れ! アンニャは、地元の小学校のPTA会長さんも始め、 保守的な街の人たちのマインドを教育から変えようと奮闘中。 すでに小学校に、オーガニック菜園を作りました。 たった二日の滞在だったけど、アンニャの生活の喜びと苦労が垣間みれた感じがしました。オルタナティブな暮らしがすでに出来上がっている地域ではなく、あえてフツーの集落に引っ越し、周りに影響を与え続けているアンニャは、まさにパイオニア。いつも忙しそうで余裕はない感じだけど、向かっている方向をぶらさず朗らかに突き進んでいるアンニャは、いつあっても浴びるほどのインスピレーションを与えてくれるスーパー・ウーマンだとつくづく感じました。 そして、もう私はとにかくサドルもなしで馬に乗れたこと、あんな大きな動物としっかりコンタクトしたその感触が今でも忘れられません。今回の旅の一つのハイライトでした。アンニャねーさんを見習って、家をセルフビルドし、馬や牛やヤギやニワトリと一緒に生活するようなライフ、将来、本当に実現させたいな。

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初のオーストラリア大陸にやってきた!

初めてのオーストラリア大陸にやってきました! バイロンベイのビーチはこんな感じ! どこまでも続く海、空、のんきに浮かぶ雲… 身体中の細胞が笑い出します。 しかし到着と同時に、テラが発熱… 3年前、タイに行った時もそうだったっけ。 子どもは気圧や気候の変化に敏感だからね。もう親もあんまり動じません。 というわけで、まずはYUKIちゃん宅でゆっくりさせてもらいました。 ありがたや〜。 滞在しているのは、バイロンベイ。 オーストラリア東海岸、ゴールドコーストから車で南へ1時間。 どんな街かは… この方のブログをご覧あれ。 今回2週間の滞在は、ほぼここを拠点にする予定。 ななちゃんのヘンプショップ、groovenや オーガニックスーパー、SANTOSへもぶらぶら。 オーストラリアは食料自給率240%だそうですよ! それにしても異常気象の影響か、野菜など高値っ。 買い物かごは、この籐のかごでどうぞ!ですから。いいね。 公園には、こんな遊具が!ちっちゃな時からサーフィンです。 テラもすっかり元気になって、今日はゆきちゃんの働くMacadamia Castleへ。 おねーちゃんたちと満喫です☆ YANAMAN, YUKI, TSUBAME, HIBARI – THANKS SO MUCH LOVELY FAMILY!!!!! それにしても、オーストラリア広い。広すぎる。 車で20分移動。。。なんてザラです。 どこまでも続く草原と森と海…. 空間と時間の感覚の違いにクラクラ来ちゃいます。 明日からは、元グリーンズのHIROMIちゃんと ファーマーズマーケットをチェックしたり、サーフィンしたり…. そしてMUSIC & ART FESTIVALのEarth Freqを目指します!

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ぬくもりとつながり Nature Element & Outdoor xChange

行ってきましたよー Nature Element! 主催者MOOKYさんが「絵に描いたような場所」と行っていたけれど….まさにその通り。ここは天国?と錯覚してしまいそう。 早朝に鎌倉を出発して、西那須野塩原ICを降りると、吊り橋なんかあったりして。ファミリー&フレンズはすっかり旅気分☆ 会場のワイルドフィールズ おじかは、手つかずの自然が残る、広々としたキャンプ場。個性的なコテージもたくさんあります。Nature Elementはここを借りきっての「自然の中で五感を磨く上質なキャンプイベント」。私たちはxChangeで誘って頂いて、参加してきました。 早速、森の中をお散歩しながら、お邪魔します、のご挨拶。そして秋の実拾い。紅葉にはまだ少し早かったけれど、秋の訪れはそこかしこに。 まかないチームは、平太くん&フレンズ。山の中で食べるピリッと辛いカレーの美味しい事!赤い山椒の実が見えますか? 毎食、心のこもったご飯は、ほんとにありがたい。 プロデューサーのMOOKYさんの号令で、打ち合せ。敏腕イベント制作者&DJですが、最近の関心事はもっぱらキャンプ!子どもも一緒のキャンプイベント、「わらしこアウトドアクラブ」もやっています。次回は11月6日、7日。「森の幼稚園」がテーマだとか。いつも次の次へアンテナがのびているお方。 ちょこっと抜け出して、近くの温泉へ!地元の方おすすめの「岩ノ湯」と「不動ノ湯」。ここがもうもう最高でしたよー。あんまり教えたくない秘湯です☆ 大自然の中で、ゆったーり温泉につかるなんて、なんと贅沢。日本が世界にほこる秋冬の楽しみですね。 夜はたき火。木の棒にマシュマロをつけてあぶりながら食べるのなんて!小さい時にガールズ・スカウトでやった以来かも〜。 さてさてぐっすり寝た次の日は。xChangeのセッティング。今回はアウトドア・グッズやウェアに特化したOutdoor xChangeなのです。というわけで、じゃーん、こんな感じでコテージを装飾。 交換するグッズも、クオリティー高し!「ザ・カンパニー」の山田さんと橘さん、ありがとうございます! エピソード・タグが、やっぱりいい。MOOKYさん出品の水タンク、そしてアイムラさん出品のリュックは、我が家で引き取らせて頂きました。大切にします。ありがとうございます!私が出品した雨具は誰がもらっていってくれたかな? あはは!こんなタグも。 お金に頼るんじゃなくて、みんなで集まってつながっていくことで、ものを大切にする豊かな暮らしを目指そう、と活動しているxChange。アウトドア好きの人たちとの相性はバッチリ!野外のここちよーい空間だからこそ、未来へむけたつながりがたくさん出来ました。 さてさて。私はラジオのお仕事があったため、ここまでセッティングだけして帰る…ということになってしまったんですが、帰り道もなかなか楽しみましたよ。「森の中にたたずむ秘境の駅」としてマニアの間でも人気の男鹿高原駅! ここから3時間で浅草までひとっとび。電車に揺られながら、窓の外を見ると、黄金色に輝く田んぼのあぜ道には、曼珠沙華がさいていました。 そしてファミリー&フレンズは、すっかりNature Element満喫したようで。夜は数々のgreat music and performances, 昼間はキャンドル作りなどのワークショップ、そしてスウェットロッジも体験して帰ってきました。 秋の大自然と澄み渡った空気に抱かれ、人と人、人と自然のつながりの深さを確認し合えて、みんなの力の抜けた笑顔がまぶしいのどかーな秋の週末でした。お客さんこそ少なかったけれど、大満足のNature Element。そこにはスタッフの方たちが大切にしてきた「ぬくもり」が確かにありました。みなさんありがとう&おつかれさまでした☆☆☆

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今夏のハイライト、尾瀬トリップ

今日の最高気温は26℃ですって。やっと暑い夏が終わった感じですね。ふ〜、今年は長かった。夏好きの私でも「もういいよー」と言いたくなるような、うだる暑さの連続。でも涼しくなればなったで、あぁアツいアツいと言うのも、あと1年後かぁ、と思うと、すでに夏が恋しくなっている。ゲンキンなもんです。 今年の夏のハイライト。それは、尾瀬へのハイキング旅行でした。 はじめていったんです、尾瀬。新宿からバスで4時間。山に入って行くと、そこはもう別世界。先人たちが命をかけて守って来た豊かな自然が、ひっそりと息づいている感じ。ワイルドというより、感じるのは、はかなさ。 びっくりするのは、ゴミが一つも落ちていない!ゴミ箱が一つもない!ゴミ箱を撤去したのは1972年。ゴミ問題に悩み、逆転の発送で、ゴミ箱を全て撤去したとか。ゴミ持ち帰り運動の元祖が、ここ。 今でも、すぐそこにクマがいる。人間はお邪魔させてもらっている。だから鐘を鳴らして、気をつけて歩くのです。テラも山小屋までの上り道、6キロ歩ききりました。子どもの成長にとても大切な、達成感を味わったようです。 旅のお宿は、長蔵小屋。一花屋の女将ふえりこさんが以前働いていて、ふるさとのように大事にしているところ、ということで、連れてってもらいました。平野長蔵さんは、ダム建設に反対。そして長蔵さんの子孫の長靖さんは、車道の建設に反対と、これまで家族で尾瀬を守り抜いて来た、という長い歴史を学びました。 とても快適なステイで、子供たちも最初から、この通りのくつろぎっぷり。 古布で作った生活用品なども売っています。長蔵小屋には、時間をかけて心をこめて行なう生活の工夫が、さりげなくいっぱいありました。ここでは石けんやシャンプーも、使用しません。徹底して、みんなでこの環境を守っているんですね。 物資は今でも、週2回、ヘリコプターが届けてくれるんです!あとは「歩荷(ぼっか)」さんと呼ばれる人たちが、100キロ以上の荷物を持って、山を上り下りするんですって!車がないと不便。でも車がないからこそ、守られている文化と自然があります。 2日目は、尾瀬沼のまわりをゆっくりお散歩。 なぜか「ここはアイルランド?それともカナダ?」の錯覚にとらわれてしまう私。日本じゃないような雄大な自然。日本にもこんなにいいところがあったのね、と再発見。 コロンビアに提供して頂いたウェアやグッズが大活躍。山ガール気分? 3日目は、早起きして、燧ガ岳(ひうちがたけ)へ。2800メートル。 東北で一番高い山だそうです。 早朝のひんやりとした空気が、実に気持ちいい! 高山植物の見頃のシーズンではなかったので、観光客も少なく、とても快適。ふえりこファミリー&フレンズ、長蔵さんファミリー、本当にありがとう。先人たちの、この場所にかける愛情をひしひしと感じ、心に深く残る尾瀬トリップでした。下界に降りて来ても尾瀬の暮しを思い出しながら、一つ一つのことに丁寧に向き合い、自然とよりそって暮らして行きたいと思います。 今ごろは尾瀬もだいぶ冷え込み、厳しい冬に向かっているんでしょうね。 どうぞご自愛下さい。

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